メダルの取引
●(一)までのあらすじ
昭和十年、秋の奥羽地方仙台。市電の若い車掌、菅原秀真くんは仕事帰りに楽士の辻とともに夜の散歩へさそわれる。この日は評判の奇術師・天堂嬢の千秋楽、町の中は落ち着かず、なにやら怪しい動きもあって?
今、どこかの時計が午前三時を打つたばかりでした。
冬木一「年とつた瓦斯燈の話」(一九二四)より
メダルを拾ったマサジは、そのまま家には戻らなかった。
「おばんでがす」
「こんばんは、マサジくん」
虎屋横丁近くへ走り、定禅寺博士のもとへ立ち寄ったのである。
小鳩堂から虎屋横丁は、子供の足で何度も往復するのは骨ではないかと思われるのだが、彼の足はまあ、ずいぶんと頑丈なのであった。
「これでいいべか」
五枚のメダルが手の中に。
「どれ、検分してみましょうか」
マネキンたちが周りを取り囲み、人目から二人を遠ざけた。
博士は演台から機械を降ろし、上に三寸ほどの長さの頭がついた小さな木槌と丸い台を出した。木槌にも台にも花の模様が彫られていて、もとは何に用いられていたのだろう。マサジはわからない。
「私が回収しそこねたメダルをこの通り、君が拾ってくれるので大変助かっているのですよ」
まず最初の一枚を、木槌の叩く口から一寸ほど上の位置に空けられた、貯金箱の穴のような隙間に差し込んだ。
「これは、本日午後二時台あたりの電車通過を見込んで仕掛けたものです」
メダルを差し込んだ方の口を下に軽くトン、と、丸い台を叩く。
叩いた瞬間に、メダルを差し込まぬ方の口がぼんやりと光って、さらになにか丸いものが幻灯のように浮かんできた。
「蜜柑かや」
いつもの手品だな、と、マサジは面白がって見ていた。こうしてメダルを挟んだ木槌をこの台で叩くと、メダルの中に刻み込まれた線路の歌が浮かぶのだという。
「誰か、電車の中で蜜柑のことを考えていたんでしょうか」
このメダルは、普通のメダルで、鉛筆五本分の値打ちである。