機械人類の生殖方法
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〝まあ、なんてお美しいお客様!〟
ポレポレの〝母親〟は俺を見るなり、思念でそう叫んだ。
母親は、ポレポレをそのまま大きくしたような〝かかし〟だった。身長一メートル六十センチ、体重百二十キロというところか。
娘と同じように、骨や配線が剥き出しのアンドロイドタイプ、例によって手足のパーツは規格がバラバラで、顔は酔客が福笑いでもしたかのように出鱈目だ。ポレポレはカメラアイが一つきりだが、母親は三つあった。髪の毛のあるべき位置にはポレポレ同様にアンテナのようなものが何本か突き出している。
全身が錆びと汚れで黒っぽく、身体を動かすたびに、錆びた身体のカケラが床に落ちた。
ポレポレの〝家〟は、丘の中腹にこさえられた穴の奥にあった。入り口にはマンホールの蓋のようなものが扉がわりに嵌め込まれ、その横には明かりとり用の窓が三つ。
中は狭く、六畳間ほどの広さしかない。家具は金属の棒切れを組み合わせて作った椅子が二つと、横倒しになった冷蔵庫のような箱が一つ。この箱はテーブルの代わりなのだろう。壁際にはバッテリーのようなものが積み重なっている。半透明の容器の内側で、なにか小さなものが蠢いていた。シリンダー虫だ。ということは、このバッテリーは、この機械人親子の食糧ということか。
壁にはリース細工のようなものがかかっている。ただし、材料は植物ではなく、スクラップの山から拾ってきたと思しきホースやパイプの類だ。どれも真っ黒なオイルのようなものに塗れている。
マニュが、ぽつりと思念でつぶやく。
〝妙に人間的な機械生命ですね。色彩センスはないようですが〟
俺は母親の勧めに従って、椅子の一つに身体を乗せた。
〝機械も、芸術活動に精を出すものなのか?〟
〝そのような目的で作られたAIならともかく、ふつうのAIは命じられたこと以外はしませんよ。ただ、彼女たちは人型をしています。人型の機械が作られる目的はかなり限定されます。
人間が違う家電製品を扱わせたい、人間の武器を扱わせたい、人間の話し相手をさせたい。
彼女らがどのように個体数を増やすのかは知りませんが、はじめの一台は、案外、家政婦アンドロイドだったのかもしれませんね〟
なるほど、と思った。実際、ポレポレの母親は家政婦のように俊敏に動き、テーブルの上に〝ごちそう〟を並べ始めたからだ。シリンダー虫入りのバッテリーや、ティシュ箱生物の内蔵部分の機械パーツ。
シリンダー虫はともかく、ティッシュ箱は高密度のエネルギーを内包している。シリンダー虫を養殖するくらいだから、親子の食生活、いや、エネルギー生活はさほど豊かとは思えない。そのなかで、ティッシュ箱を出してくれるのは、すごい歓待ぶりだ。
ポレポレの母親がいう。
〝こんなもので申し訳ありません。このあたりは豊かな土地というわけではありませんので〟
〝とんでもない!〟俺は義肢の一つを振った。〝両方とも俺の大好物ですよ〟
母親が嬉しそうに微笑む。といっても、顔にあるのは無機質なカメラアイだけだ。微笑みは、思念言語の〝感じ〟として伝わってきた。
俺は遠慮なくバッテリーから伸びたコードを掴んだ。腹を少し持ち上げて、クローラーに軽く巻き込ませる。腹の内部がどうなってるのかは分からないが、体にエネルギーが入り込んでくるのがわかる。
〝とても美味しいです〟と、俺。
〝同感です〟と、マニュが俺にだけ聞こえるようにいう。
ポレポレが空のバッテリーケースの上に腰を下ろした。彼女の目は俺が食べているバッテリーに向いている気がした。もちろん、相手のカメラアイの焦点がどこにあっているかなんて分かりっこない。だが、俺はほんの少し前まで娘を育てていたのだ。幼い子どもの考えていることくらいお見通しだ。それが人間だろうと、機械生命だろうと。
〝ごちそうさま。お腹いっぱいです〟
俺はマニュが心の中でぶつくさいうのを無視して、コードを腹の下から引き摺り出すと、テーブルの上のバッテリーケースをポレポレの方にずらした。
彼女が期待に満ちた動きで母親を見る。
母親が〝仕方ない子だねえ〟といって頷いた。
ポレポレが自分の胸部に手を突っ込み、黒いケーブル二本を引っ張り出し、バッテリーのコードに接続する。
〝こんなに濃度の高いごはんは、久しぶりだあ〟と、彼女。
〝久しぶり? そんなに積んであるのに?〟
俺は彼女の背後のバッテリーの山を指した。
〝これは上の人たちに納めるためのものだから〟ポレポレが悲しげにいう。〝最近は蟲の増える効率が下がってて、ごはんは滅多に食べれないの〟
ポレポレがコードを外して、バッテリーを母親の方に滑らせた。
母親はそれを押し返す。
〝あんたが食べなさい。いつもいってるだろ?母さんはもうじき限界だから、食べても仕方ないんだよ〟
〝限界?〟
〝すみません。お客様の前で節操のない話を。わたしはこの通り、ガタがきてましてね。とくに頭のチップ寿命が限界に近づいてるんです〟
〝それは、たいへんですね〟
〝いいんですよ。別に消えるわけじゃありませんから。わたしの記録データの一部は、この子のチップの中で生き続けます。
わたしもそう。わたしの親がここのスクラップの山から自分に似たパーツを集めて、わたしを組み立てました。そして、自分のチップが使い物にならなくなる前に、データの一部をわたしに移してくれたんです〟
〝なるほど〟
相槌を打ちながら、俺はひそかに思った。
彼女らは、技術的には自己の完全なコピーを作れそうなのに、なぜ「子」を作るのだろうか。