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蟲飼い村の角畑

〝よろしくポレポレ〟俺は背中を撫でる彼女の手に、自分の手の一本を重ねた。〝俺は安斎蓮だ〟


〝アンザイレン? 変わった名前だね〟


〝俺の生まれた地球の日本国じゃあ、ふつうさ〟


〝地球? 日本? どこなの? ンガギリ山より遠く?〟


予期していたことではあるが、彼女は地球も日本も知らないらしい。


〝遠くさ。すごく遠くだ。教えてくれないか? ここはどこなんだい?〟


〝最底辺丘陵の蟲飼い村の三番角畑だよ〟


〝そうでなくて、星の名前だ〟


〝星? なにそれ?〟


〝なにって、星は夜になると空に光ってるやつでーー〟


思念語を送ってから気づいた。ここの空は分厚い酸性雨の雲に覆われている。星なんて見えるはずがない。


〝質問が悪かった。君はこの世界をなんて呼んでいるんだい?〟


〝世界? 世界は世界だよ〟


マニュが俺だけに聞こえるようにいった。

〝この星は偉大なる人類帝国から、相当離れたところにあるようですね。版図内にあるなら、たとえどれほど低レベルなAIであろうと、首都惑星の名前を知らないなどということはありえませんから〟


俺は一縷の望みを込めて訊いた。

〝ここが地球だってことはないのか?〟


もちろん、俺が生きていた時代から、何万年、下手をすれば何十万年も過ぎていることは分かっている。それでも、いまいるこの場所が、娘の麻里子が生きた地球であって欲しかった。


マニュは淡々と答えた。

〝ありえません。こんなゴミだらけの星は、偉大なる帝国の首都惑星とは似ても似つきませんよ〟


〝でも、ここはお前が最後に目覚めていた時代からもずいぶんと未来なんだろ? 地球が滅びてこうなったってことは?〟


〝人類帝国は何億年、何十億年先まで存在できるであろう神の如き存在です。とはいえ、わたしのような超AIですら想像もつかない事態が生じた可能性はあるやもしれません。人類が未だ扱えない六次元を超える高位存在が侵略してきたり、別の銀河との大戦争になったり。しかし、それでもこの星が地球である可能性は限りなくゼロに近いといえます〟


〝どうして?〟


〝重力です。計測データによれば、この星の重力はあなたの生きた古代地球のそれより五パーセントほど小さいのです。帝国の首都惑星ですので、重力が増えることはありえます。星外から運び込まれる膨大な資材、惑星表層を埋め尽くす建築物、宇宙空間にまで伸び出す無限の摩天楼、そうしたものによりわたしの時代の地球の重力は、古代地球より僅かに大きくなっていたとされています。順当に考えれば、その後の年月で重力は増え続けたはず。となると、やはり、この星は地球ではないと考えるのが妥当ではないでしょうか〟


〝そうか〟


ポレポレが不安げにいった。

〝どうしたの? 急に話さなくなっちゃったけど。あたし、何か、あなたをつらくさせるようなことをいった?〟


俺はマニュとの会話を終了し、彼女との会話に立ち戻った。

〝いや、あらためて、ここが自分の故郷からずっと遠くだということを感じてしまっただけさ〟


〝かわいそう。おうちに帰れないの?〟


〝ああ、帰れない〟


だが、いつか帰ってみせる。

俺は心に決めた。

ここが宇宙の端だろうが、別の次元だろうが知らないが、俺はいつか絶対に地球に戻るんだ。

娘と暮らした星へ。


ポレポレが不恰好な両手で、俺の蜘蛛のような腕の一本を握った。

〝それじゃあ、あたしのうちへおいでよ〟


〝君の、家?〟


〝うん。母さんも歓迎すると思うからさ〟


〝か、母さん?〟


機械知性体の、母親? 機械が子供を産んだのか?


もし俺が生身なら、唾を飲み込んでいたろう。ルンバボディは代わりに腹の下のクローラーを二回転させた。


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