機会生命大宴会
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俺こと、簡易体である俺F12の横で、俺本体である俺Aが身体の震えを止めた。
〝大丈夫なのか?〟という俺の問いに、マニュAの声が答えた。
〝問題ありません。決着しました〟
俺たちの下、シャトルテゴラインのコアが配置された大部屋で、服飾族たちが時間でも止められたかのように固まっていた。
いまのいままで、彼らはポレポレが暴れ回るのを静止せんとしていたが、それぞれが動きの途中のポーズのまま固まっている。リーダーらしき白い髪を持った個体は、ポレポレを指差したままマネキンのように突っ立っていた。
いま、動いているのはポレポレだけだ。困惑気味に、自分を押さえつけていた服飾族の手を引き剥がしている。
俺本体からマニュの声がいった。
〝行きましょう〟
俺本体、いやマニュが配管の隙間から身を踊らせ、多脚を器用に使って十メートル近い落下の衝撃をやわらげる。
俺は慌ててプロペラを回して、ふわふわ浮きながらそのあとに続いた。
「ザイレンさん!」ポレポレが音声でいう。
マニュは駆け寄ってきた服飾族の見た目をしたポレポレを義肢で抱きしめた。
〝驚きました。ご主人様F12からは、人格を消されたと聞いていたのですが〟
ポレポレが思わず身を離す。
〝あなたはだれ? ザイレンさんは?〟
〝わたしは、この身体の補助プログラムです。それで、あなたは何故消去されていないのですか?〟
〝消されたふりをしてたんです〟
〝では、あなたのなかにいた、ご主人様Eは?〟
〝あたしを守るために、服飾族のマテゴニの人格共々自壊して。あたしはザイレンさんが消える間際に渡してくれたマテゴニの記憶を使って演技したんです〟
なるほど。それ以降、ポレポレはマテゴニになったと周りに思わせていたわけか。
〝あたしのせいで、ザイレンさんが〟と、落ち込む彼女を俺本体の義肢がなでる。
俺はそれを横目で見ながら、違和感を覚えていた。
ポレポレも同じだったようで、すぐにこういった。
〝それで、その、ザイレンさんは?〟
〝ご主人様は再生中です。少々お待ちください〟
マニュが落ち着いた声で答えた。
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俺こと俺F9は、ほかのFシリーズおよび、機械生命連合軍と共にゴミ平野の向こうから、山塊のようなシャトルテゴラインが爆進してくるのを、絶望的な思いで見つめていた。
シャトルテゴラインの姿は、俺が知っているそれからは、まるきり変わっていた。
全長はいまや百メートルを優に超えている。形状はどことなく船、もしくは海に生息するサメに似た形をしている。船首にあたる部分にとてつもなく巨大な〝口〟があり、ゴミ平野の地面を咀嚼しながら突き進んでくる。
口の後ろでは、幾本ものクレーンや大型義肢が動いていた。溶接機の光が瞬いているところを見ると、まさにいまも身体を増築している最中なのだろう。
脚は十数本の支柱であり、それらの先には靴でも履いているかのようにキャタピラ式の駆動装置がついている。靴紐にも見える細いパイプからは大量の煙が吐き出されている。どうやら、一つ一つの靴にエンジンが組み込まれているらしい。
ギラギラしたサーチライトの光が酸の霧雨を切り裂き、俺たちのすぐ前の地面を行きつ戻りつしている。
巨大機械族レイドグレイドの一人が、〝あいつ、大地を食べてるぞ〟と呟いた。
百眼族が多脚をふるわせる。
〝進化したんだ。もう誰も敵わないよ。早く逃げよう〟
最果て村の長オタが〝逃げるところなんてありゃせんわい〟といいながら、手の中の貧相な手製の槍を握りしめた。
シャトルテゴラインのサーチライトが、そのオタを照らし出した。
シャトルテゴラインのエンジン音が一瞬静まり、それから前以上の速度で進み始めた。
〝来るぞ!〟と俺F6が叫ぶ。
平野に並んだ数千体の高等機械生命たちが身構える。
が、シャトルテゴラインは俺たちから百メートルほどのところでぴたりと止まった。
サーチライトの光が向きを変え、船体から突きだしたバルコニー状の構造を照らす。そこでは見知らぬ服飾族が一人と、見慣れたロボット掃除機が手を振っていた。
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俺本体こと俺A、安斎蓮は、消滅から十六時間と二分十二秒後に意識を取り戻した。
といっても、それだけの時間を体感していたわけではない。俺の感覚としては、夜、目を閉じて、一度瞬きしたら朝になっていたようなものだった。意識に断絶はなく、シャトルテゴラインコアの攻撃でバラバラになり、意識を保てなくなったと思った次の瞬間には〝いま〟にいた。
視覚情報が入ってくるが、自分がどこにいるのか一瞬わからない。
俺がいるのは、ショッピングセンターの吹き抜けのような屋内空間だ。
おそらくはシャトルテゴラインのなか、建材の一部が以前見たそれと一致している。しかし、優美な曲線を描いていた壁面は、実用的な直線主体のデザインに変わり、ぎっしりと詰まっていた服飾族の姿はない。かわりに、見たことのない機械生命たちが吹き抜けの底の床に転がって、睡眠モードに入っていた。
機械生命は、人型、虫型、車輪を持つもの、さまざまだが、どれも複雑な身体機能を持つ高等タイプのようだった。
ホールの中心には、最果て村の面々が寝転んでいた。オタ、その横に、ポレポレの母親イムリ、さらに隣には何故か服飾族が一人。
ほかの服飾族はどこにいるのかとキョロキョロしていると、マニュが俺の中でいった。
〝あそこにいるのはポレポレさんです。他の服飾族は、わたしが管理者権限で活動を停止させました。現在は新ミンゴロンゴの船倉に格納しています。最果て村の人々のバージョンアップが完了し、身体的なレベルが釣り合うまでは、彼らを解放して融和を解くのは控えるべきでしょう〟
俺は頭の中で次なる質問をまとめようとしたが、その前に、マニュが自分の見聞きした記憶を投げてよこした。
俺の都市体に仰天する、最果て村と機械連合の面々。マニュによるエネルギーの大盤振る舞いと、上機嫌でエネルギーを摂取する機械生命たち。巨大な身体を持つものたちは、都市体の外で車座を作って楽しみ、身体の小さなものたちは、この吹き抜けでくつろいだ。
宴席の最中、外にいたものたちが騒ぎ出す。大きな船が地平から近づいてきたのだ。闇の中から現れたシルエットはどこかで見たもの。ミンゴロンゴだ。マニュが再建してやったものの、シャトルテゴラインからアップデートした都市体と新ミンゴロンゴ、二体が同時に現れては、機会生命連合がパニックを起こしかねないと、マニュが遅れてやってくるよう指示していたのだ。
ミンゴロンゴは上機嫌で宴席に加わり、エネルギーを摂取したが、身体が大きいだけあり、一人で都市体の全エネルギーの三分の一も食べてしまった。マニュが叱り、ミンゴロンゴはしょんぼりしたーー。
ーーというマニュの話を聞くにつれ、俺の中で疑念が膨らんだ。不信感は義肢の操作感を乱し、気づいた時には握っていた金属の手すりをめちゃめちゃに捻じ曲げていた。
マニュは俺の心の動きをなんとなく感じ取っている。
俺たちは一心同体なのだ。
だが、彼女は何も言わない。
17分29秒にわたる沈黙のあと、俺はいった。
〝マニュ、お前が主プログラムなのか?〟




