俺消滅
シャトルテゴラインコアが手を振ると、その手から黒いオーラのようなものが飛び出し、ロボット掃除機型プログラムを数十体まとめてバラバラにした。
俺とマニュは刀を手に、コアに切り掛かった。
コアが、両手から出したオーラを黒いハンドアックスに変化させて切り結ぶ。
刃同士がぶつかるたびに、青白い火花が散り、火花の周辺の仮想空間が電子的に歪んだ。
コアが濃淡のない声でいう。
「シャトルテゴラインは、無駄を好みません。あなたような小さな存在が何をしようが無駄なことです。早く消滅してください」
コアの髪の毛が伸び、マニュの手足を絡めとった。マニュが俺の妻そっくりの顔を歪める。
「それではさようなら」斧が俺の妻めがけて振り下ろされる。
足が勝手に動いた。
俺は斧の軌道に身体を入れ、マニュの身代わりに刃を受けた。
信じられないほどバカな選択だ。
主プログラムの俺が死ねば、補助プログラムのマニュだって死ぬというのに。
だが、彼女が危機に陥った瞬間、俺のなかの何かが、身体を動かしてしまったのだ。
斧は肩口から入り、胸元まで達した。攻性プログラムが俺という存在のコードをバラバラに引き裂いた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
俺こと簡易体F12のとなりで、俺本体のロボット掃除機体が激しく震えた。
なにか、まずいことが起こっている。
だが、程度の低い連絡係として作られた俺にできることはほとんどない。
と、眼下の服飾族たちがいきなりざわついた。服飾族の一人が飛び出して、部屋の中央にある黒い球に駆け寄ると、球を殴り始めたのだ。
ほかの服飾族が大慌てで狼藉者を球から引き剥がそうとする。
黒い球を殴りつけている個体が「放して!」と音声で叫び、飛びついてきた他の服飾族を蹴り飛ばした。
俺は自分の集音マイクを疑った。
電子メッセージではなく、音声であっても彼女の個性は感じ取れた。
これは、ポレポレだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
仮想世界のなか、俺の身体は細切れの肉片となり、ゴミだらけの地面に転がっていた。いまこうして思考している俺の意思は、右目から右耳にかけての塊に宿っているらしい。
他の肉片にも、それぞれ意識があるのかもしれないが、確認のしようがない。
斜めになった視界の中で、シャトルテゴラインコアとマニュが対峙していた。
主プログラムの俺が死にかけているいま、補助プログラムにすぎない彼女がどこまで戦えるのか。
さきほどまで、マニュを縛っていたコアの髪の毛は、いつのまにかほどけていた。
コアが首を傾げる。
「どうしたことでしょう。あの身体にはマテゴニが入ったはずでは?」
マニュが肩をすくめる。
「何の話か知らないですが、髪を解いてくれたのはあなたのサービスではないようですね」
「外部のエラー要因は捕縛しました。シャトルテゴラインはもう一度、あなたを拘束するだけです」
コアの髪の毛が広がり、マニュに襲いかかる。
「そのパターンは学習済みです」マニュの言葉とともに、彼女の背中の蛸足が爆発的に増殖した。増えた蛸足がコアの髪の毛に食らいつく。
蛸足と髪の毛は互いに絡みあい、一進一退の攻防を繰り広げた。
が、じりじりとマニュの蛸足が押し始めた。蛸足の本数が指数関数的に増殖し、圧倒していく。
コアが無表情ながら、焦りの滲んだ声でいう。
「シャトルテゴラインは理解できない。計算に使えるエネルギーはこちらの方が多いはずだ」
「そうですね。しかし、AI戦闘でもっとも重要なのは回路の計算能力そのものです」
「限度というものがあるだろう。シャトルテゴラインは、一つの国を計算できるだけの処理力がある」
「わたしが、それ以上なだけです」
「バカな」
俺が事態を認識できたのはそこまでだった。
コアにやられたダメージが、ついに俺という存在を破壊し尽くしたのだ。
あらゆる認識が消失し、俺は消えた。




