仮想都市vs 仮想都市
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本体である俺は、簡易体の俺F12の後について、シャトルテゴラインの配管に潜り込んだ。
俺F12が案内してくれたのは、ポレポレが〝上書き〟されてしまったという儀式部屋だった。
俺たちは、天井の角、管とケーブルが入り組んだ隙間に体を突っ込んで、大勢の服飾族がうろつき、中心部の黒い球のお世話をしている様子を眺めた。
俺の脇のケーブルの一本は、壁を下り、床を這い回り、黒い球につながっている。
俺の中でマニュがいう。
〝もう一度助言させてください。いちばん確実なのは、いますぐ飛び降り、戦闘用の身体を構築して、あの球を物理的に破壊することです。ポレポレさんを助けるためとはいえ、ここで相手に接続するのはリスクを伴います〟
〝電子戦闘で負けるかもって?〟
〝まさか!わたしは帝国屈指の超人工知能ですよ。始祖知能の流れを汲む偉大なる存在の一部です。たとえここがどれほど未来の世界でも、理論的にわたしが劣ることはありえません〟
〝ならいいじゃないか。上手くすれば、ポレポレを再生するだけでなく、シャトルテゴラインを丸ごと乗っ取れるんだ。そうなれば、服飾族との融和の道も開きやすい〟
〝融和? ご主人様の非論理的なほどの慈悲には頭が下がりますが、電子戦闘でリスクを負うのはーー〟マニュが言い淀んだ。
俺は電子的に謝罪の意を送った。
〝わかってるよ。補助プログラムのお前を、主プログラムの俺のわがままに付き合わせてるってことはさ。今回の手間の埋め合わせはするよ。シャトルテゴラインを倒したら、当分はエネルギー獲得の研究に全力を尽くす。それでどうだ?〟
マニュはまだ何か言いたそうだったが、言葉を飲み込んだ。
俺たちは、ケーブルからシャトルテゴラインの管理システムに接続した。
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マニュは、シャトルテゴラインを近代的都市として仮想化した。
真っ白な背景のなか、高層ビルの立ち並ぶ都市が鎮座している。その複雑さ、緻密さはシャトルテゴラインの人工知能としての能力を表しているのだろう。ビル群のなかには、一際大きく、真っ黒なビルが聳えている。あれが管理システムの本丸か。
そのシャトルテゴラインの都市と向かい合うようにして、ゴミでできた大きな丘があった。丘の斜面には、もはや見慣れた貧相な集落がある。斜面に半ば埋まった家々に、中央広場に立つ給電街灯、最果て村だ。
俺は街灯の下に人間の姿で立っていた。まわりには、円盤型の自動掃除機の姿をした俺が何千体も控えている。人間の俺は、俺というプログラムのコアであり、これを破壊されると俺という存在は消える。掃除機姿の俺は攻性プログラムだ。彼らはこれから、眼前のシャトルテゴラインの都市に突撃し、黒いビルの中にいるであろう、シャトルテゴラインのコアの破壊もしくは掌握を目指すことになる。
俺の隣に、制服姿の女子中学生が降り立った。マニュだ。背中からは、いつものようにタコの足を生やしている。
彼女が「こちらの接続に気付いたようですね」という。
向かいの都市に動きがあった。警報が鳴り響き、ビルというビルから人影が飛び出す。人影はどことなく服飾族に似て、細長い手足と胴体、小さな頭をしている。その表面はゴムに覆われているようにのっぺりして、頭からつま先まで完全な黒色だった。目や口もとまで黒い。甲高い叫びのようなものをあげなら、物凄い勢いでこちらに向かって駆けてくる。
「行くぞ!」俺の掛け声にあわせ、何千体という自動掃除機軍団が最果て村から出撃し、二つの都市の間で、黒いカカシ軍団と激突した。
黒カカシの一人が手足を振り回して、自動掃除機の一台を吹き飛ばす。自動掃除機は義肢を振って体勢を立て直すと、黒カカシに突進し、その首筋に義肢の先端を突き刺した。黒カカシも指先を細めて掃除機の胴体を貫く。二つの攻性プログラムはもつれあいながら地面を転がり、ともに動かなくなった。
各所で同様の死闘が繰り広げられる。
二つの軍勢の戦いは完全に互角だ。
一進一退の攻防が続くなか、シャトルテゴラインの〝都市〟に動きがあった。
中央の黒いビルから新しい黒カカシが出てきたかと思うと、これまでの奴らとは桁違いの速さで戦場に突っ込んだ。信じ難いパワーで俺の自動掃除機たちを蹴散らし、最果て村の家々を破壊しながらまっすぐに直進すると、俺たちのいる中央広場に踏み込んできた。
全身から蒸気かオーラのようなものを吹き出しながら、彼もしくは彼女はほっそりした指をマニュに突きつけた。
「シャトルテゴラインに計算力で挑もうだなんて、恐れ知らずにもほどがある」
俺は手の中に槍を構築した。プログラムを破壊する電子の槍だ。
余計なことは何も言わず黙って投擲する。
槍はすばらしいコントロールで相手に向かい、皮膚にぶちあたり、そのままポトリと地面に落ちた。
相手の肌にはまったくダメージがない。
マニュがつぶやく。
「これはシャトルテゴラインのコアプログラムです。とんでもない自信家ですよ。こちらの領域に乗り込んでくるだなんて」
シャトルテゴラインコアが、地面に落ちた槍を拾い上げた。
「シャトルテゴラインはお前のような小さな物は恐れない。シャトルテゴラインは一つの国すべてを計算し尽くすだけの力がある」
どうしたわけか、コアは俺ではなく、ずっとマニュを意識して話している。
マニュの背中から生えた蛸足の先端が針のように尖った。戦闘形態といったところか。
彼女がいう。
「ご主人様、下がってください。こいつは危険です」
「なら、なおさら主プログラムの俺じゃないと太刀打ちできないだろ」
俺は両手に日本刀を構築した。これは、連続攻撃に強みのあるハッキングbotが具現化された姿だ。
シャトルテゴラインコアが無警戒に間を詰めながら、無機質な声でいう。
「シャトルテゴラインはお前たちに消えて欲しい」




