最下層知的生命ポレポレ
身体のどこかに埋め込まれた受信装置が、相手から発信される電波を捉えた。
マニュとの〝思念〟での会話に近い感覚があった。人間だった頃の身体感覚で表現するなら、〝他人の考えが頭の中に入ってくる〟とでもいうべきか。
ただ、見えない位置にいる何者かが発信する〝思念〟は、意味がわからなかった。
仮に、現代日本に生きる日本人が、フランス人の思考を読み取れたとしても、日本人はその思考の意味を理解できないだろう。なぜなら、フランス人はフランス語で思考するからだ。
それと同じで、この相手は、当然ながら日本語ではない言語で思考している。
いや、そもそも、これは言語なのだろうか? 超高速のモールス信号か、不規則に動くメトロノームの振動といった感じだ。
マニュがいう。
〝もちろん言語です。機械言語ですね。共通機械語の名残がわずかに感じられますが、容易には信じられないほどに変容しています。まもなく分析作業が完了します。残り、三秒、二秒、一秒〟
モールス信号が、いきなり日本語として理解できるようになった。相手はこういっている。
〝困ったな。こんな大きな○△○×が電磁柵にかかるだなんて。一人で解体できるか自信ないや〟
続けて、俺の腹に衝撃が二度、三度と走った。何者かが叩いているのだ。
もちろん、超物質でできた俺本体がダメージを受けることはない。
また衝撃。今度は腕の一本に命中し、ぽきりと折れた。
〝やった!〟と相手の思念言語。
俺は、あわてて叫んだ。
〝待て待て! 待ってくれ!〟
俺の言葉はもちろんマニュによって相手の言語に変換されている。
衝撃が止んだ。
相手がいう。
〝○△○×が、しゃべった?〟
○△○×の部分はマニュでも翻訳不可能な言葉だ。何らかの固有名詞だろう。おそらく、この付近に生存する、俺の外観に似た機械生命だ。
〝俺は、君の考える○△○×じゃない。ちゃんと言葉を話せるだけの知能がある〟
〝でも、害獣ではあるんでしょ? うちの畑を荒そうとしたんだから〟
〝畑?〟
おうむ返しにしてから、俺は相手のいう畑がシリンダー虫を乗せた鉄板であることに気づいた。この相手は、シリンダー虫を作物として栽培しているらしい。言葉としては、畑より養殖池といったほうが近いかもしれない。
〝申し訳ない。俺は君がシリンダー虫を育てているだなんて知らなかったんだよ。君のものだと知っていたら、食べようだなんて思わなかったさ〟
〝本当に?〟
〝本当だ〟
まずい流れだ、と俺は思った。俺が農家なら、畑のそばで罠にかかった猪が「荒す気なんてなかったんです!」といっても、絶対に信じない。
が、この相手はよほど人がいいのか、〝じゃあ、いま身体を起こしてあげるね〟と返してきた。
身体の表面を流れていた電流が止まり、腕の自由が戻った。
見えない相手が、俺のルンバボディに手を差し込み、〝うんしょ、うんしょ〟と唸りながら、ひっくり返した。
俺は〝ありがとう〟といいながら、ようやく相手の姿を見た。
マニュの翻訳を通して人間的な会話が成立していたので、話している間、俺は相手の姿を、なんとなく人に近い姿で想像していた。目鼻の付いた顔があり、五本指の手があり、服を着ている。
しかし、現実に目の前にいるのは、骨組みだけのボロボロ金属かかしとでもいうべき存在だった。全身、茶サビとタールめいた黒い粘着物質に覆われている。
頭部には、ひび割れたカメラレンズが一つと、大昔のラジオアンテナのような突起物が三つ。鼻と口はない。右耳の位置には集音マイクらしき棒が突き出している。
身長は一メートル二十センチ前後か。皮膚はなく、金属骨格と中身の駆動システムが丸見えだ。内臓的なパーツ同士を複雑な配線がつないでいる。パーツ同士の配置、配線の配置には機能的美しさというものが、まるでなかった。まるで小学生が出鱈目に繋いだかのようだ。
四肢もすべて長さが異なっており、出来損ない感が強い。右手は関節がいかれているのか、身体の脇に垂れ下がったままで動いていない。
目であろうレンズの奥で、緑色の光がちかちか瞬いた。ブリキの手が軋みながら伸びてきて、俺の背中をなでた。
〝こんにちは。あたしポレポレっていうんだ〟