機械同盟
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〝これはすごいですね〟マニュが感嘆の念を漏らした。
都市リランドラがあったはずの場所には、数キロ四方にわたって、残骸が散らばっていた。数十トンはありそうな装甲の一部、馬鹿でかいシリンダー、砕けた義肢の関節パーツ。
酸性雨がしとしとと虐殺の跡地に降り注いでいる。
幾本もの巨大な轍が真っ平らな地平に消えていた。
都市リランドラと都市シャトルテゴラインが残したものだろう。轍のふちから、一匹のシリンダー虫が底に転がり落ちる。
俺のなかで、ミンゴロンゴAがいった。
〝住んでた人たちが、一人もいないね〟
〝逃げたんだろうさ。これだけの資源が残っていたら、シャトルテゴラインがいずれ回収に戻ってくる〟と、俺。
マニュが地面に残された轍を計測した。
〝シャトルテゴラインの質量が増大しています〟
〝あいつがここの前に襲った街も、そこそこ大きかったからな〟
俺たちはシャトルテゴラインのあとを追い続けていた。ここまでに、シャトルテゴラインが食べた村や街の数は、八つにもなる。
ミンゴロンゴがいう。
〝ねえ、君たちの計画、うまくいくとは思えないんだけど。シャトルテゴラインのほうがいい物を食べてるんだから、こっちが追いつけるはずないよ〟
〝いや、そうとは限らない。俺たちは食べ方が上手いんだ〟
俺は拡張した大型義肢で、リランドラの残骸に噛み付いた。
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俺こと俺F7が、八体のレイドグレイド族とともに最果て村にたどり着いたとき、村の様相は一変していた。
俺たちが離れている間に、村人たちが建築物を増やし、都市化を進めていただけではない。
見たこともない機械生命たちがウヨウヨしていたのだ。それも、シリンダー虫やティッシュ箱のような低知能タイプでなく、人型を中心とした高知能タイプとわかる連中ばかりだ。
それぞれの機械生命の集団のそばには、Fシリーズの俺たちが付いている。
俺F8は、百眼族に似た種族に。俺F18は、ふわふわと宙を漂うクラゲのような種族に。俺F19は、槍の様な武器を持った四本腕の人型機械種族にといった具合だ。
それらの種族たちが、こちらを見て電波を飛ばしあった。
〝なんてデカさ。レイドグレイドだ!〟
〝あいつらまで来るだなんて。やっぱりザイレンのいうことは本当になのか。リランドラの次はここか〟
〝しかし、その情報は、ミンゴロンゴの立ち聞きだろう。信用できるのか?〟
〝するしかない。シャトルテゴラインが次にどこを狙うか、手がかりがないんだ〟
最果て村の斜面は大きく切削され、中央広場はかつての数倍の面積になっていたが、ゾウ以上の巨体を持つレイドグレイドたちが入ると、汲々になった。
広場の真ん中、給電街灯の前に立った村長のオタがいう。
〝みなさま! よくお集まりくださいました!〟
オタの横には、最果て村に直行した俺、俺F1が付いており、ほかの俺たちに非公開通信で〝みんな、よく集めてくれたな〟と労いのメッセージを投げかけてきた。
オタが、しっかり練り込んだと思しき要請を、淡々と機械生命体たちに投げかける。シャトルテゴラインの非道と横暴を、ミンゴロンゴの破壊記録とともに訴え、このゴミ平原に生きるその他の機械生命が助かる道は、みなで団結することだけだと説く。
俺F19がいう。
〝うまくいきそうだな〟
〝ああ、みな論理的だからな〟と、俺。
機械生命となった俺には、機械生命の思考様式がよくわかる。彼らは総じて、有機生命より筋道の通った考え方をする。マニュの親戚みたいなものだと捉えればいいかもしれない。
まもなく、シャトルテゴライン対抗軍が成立した。
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酸の霧が立ち込めるなか、シャトルテゴラインは、じわじわとリランドラの前半分との距離を詰めていた。
とはいえ、リランドラも必死だ。エンジンを焼き切れんばかりに回し、ゴミの荒野を突っ走る。
霧の向こう、数キロ先でぼんやり光っているのはそのリランドラの排熱口だろうか。
「見苦しいわね。そう思わない?」
服飾族の長アドキールが、壁の大型モニターに映し出されたリランドラの姿を見ながらいった。
「は、はい」と、ポレポレ。
彼女たちは奇怪な部屋にいた。
位置的には、エンジンの直上あたりだろうか。部屋の大きさは小さな体育館ほどもあり、その中心部には真っ黒な球体が鎮座している。
球体の表面には、シャトルテゴラインの表面装甲にあるのと同じような火焔式土器めいた紋様が浮かび上がっている。
球体の各部からは赤茶色のコードが幾本も伸び出し、球体の前に設置された手術台のようなものに接続されていた。手術台のまわりには、幾人もの服飾族が控えている。彼らの手の中には、服飾族特有の皮膚装甲と白い仮面があった。
アドキールがいう。
「美しさはとても大事だわ。マテゴニ、待たせたわね。あなたもようやく美を取り戻すときが来たのよ」
アドキールの手が、ポレポレの体を手術台へと押した。
どうやら、ポレポレのパーツを交換をして服飾族の外観に揃えようというらしい。
ポレポレは脱出の道を探ったが、アドキールのお付きの服飾族二名に加え、さらに十数人が周りを固めており、完全にノーチャンスだった。
それでもポレポレは諦めていなかった。
彼女にとって、俺が与えた現在の体は、ある意味では命より大切なものだったからだ。彼女は一か八かアドキールを人質に脱出を図ろうと考えていた。
が、彼女が行動に移す前に、服飾族数人が彼女に近づき、その手足を掴んだ。信じられないほどのパワー、ポレポレは身動きがまったくとれなくなった。
服飾族たちは、彼女を手術台のうえに横たえると、ゴツい鎖でがっちりと台に固定した。
アドキールがポレポレの頭をそっと撫でる。
「さあ、マテゴニ、ようやくあなた本来の姿に戻る時が来たのです」
ポレポレが必死に反論する。
〝あたしは今の姿が気に入ってるんですけど〟
「そうね。あなたはそうかもしれないわね。でも、大丈夫よマテゴニ。本来のあなたがシャトルテゴライン様からダウンロードされれば、あなたの美的感覚も、もちろん本来のあなたのそれに置き換わるわ。いまの醜い身体が気に入っているなんて、妄言を口にする心配はなくなるの」
もし俺がいま、自分の体を持っていたら、ぶるりと震えただろう。
服飾族たちは、しばらく前からポレポレをマテゴニと呼んでいる。てっきり、新しい仲間に付けた新しい呼び名だと思っていたのだが、もしや、彼らにはもともとマテゴニという名の仲間がいたのか?
ポレポレが俺の意識を読み取ってつぶやいた。
〝ダウンロード?〟
アドキールが頷く。
「あなたのような辺境の存在には説明しても分からないと思うけど、わたしたちは一度、完全に滅びた種族なのよ。最後の一人までが破壊され、喰われずに残されたのはバックアップコアのカケラだけだった。
そのカケラは長い長い年月をかけて、地の底を這い回り、下等生命を喰らって自己を修復し、保存データを回復し続けた。彼の中にかつて住んでいた何十万という人々の人格と記憶のバックアップをよ。
数十年前、全長数十センチの蜘蛛型生命の形態をとっていた彼は、遺跡調査にやってきた人型生命の一人に襲いかかった。愚かな生贄を身動きできないようにした上で、その頭脳に自分の内部に蓄えていた主人たちの一人のデータを流し込んだの。それが、わたしアドキールよ。
それはもう驚いたわ。目を覚ましたら、あの偉大なシャトルテゴラインが消滅して、自分の体は世にも醜い小男になっているのだもの。
幸いわたしは、身体デザイナーだから、シャトルテゴラインとともに自分を改良して、元の体に近づけたの。シャトルテゴラインはわかっていたのね。体を改良できる人格をまっさきに外に出さないといけない。ほかの人格では醜さに耐えきれず、自ら命を絶ってしまうと。
わたしたちは、人格をダウンロードできるだけの回路を持つ人型生命たちを襲い、着実に家族を現世に復活させ続けた。
そして、今日、また一人蘇るの。三級エンジンパタンナーにして、わたしの957番目の妹、マテゴニよ」
ポレポレが〝待って!〟と声をあげたが、アドキールは意に介さず、ダウンロードが開始された。
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