都市管理体
ポレポレは了承した。
〝いいわ。その条件で話し相手になってあげます〟
〝やった!〟
〝それで、確認しておきたいんですけど、あたしはどこに売られるんですか?〟
〝人型の買い手は三つ、都市リランドラ、都市サスパン、都市シャトルテゴラインだよ。このうち、いまのぼくの進行方向にあるのはシャトルテゴラインだ。いけすかない連中が住んでる街だけど、資源の払いがいいから商人様たちは気に入ってる〟
ミンゴロンゴが都市の映像を寄越した。
馬鹿でかい火焔式土器のような構造物。
服飾族だ。
〝シャトルテゴラインは、商人様たちの行動範囲のなかじゃ、いちばん強力な都市だよ。徴税人って呼ばれる下位存在たちを使って、広い勢力圏の隅々から大量の資源を集めさせてる。集めた資源を何に使っているのかはわからない。古代遺物の復活を目指してるって話もあるし、都市改造に全力傾けてるって話もある。いちばんありえそうなのは、究極の美を持つ個体を作ろうとしてるって話かな。あそこは「美しさ」とかいうよくわからない基準が重要視されてるから〟
〝それで、このシャトルテゴラインからは、どうすれば逃げられるんですか?〟
〝逃げられないよ。商人様たちはこれまでに二十五人を彼らに売ったけど、その後、彼らの姿をもう一度見たことは一度もないんだ〟
〝ちょっと!〟
〝だから、シャトルテゴラインには買われないようにしないと。リランドラは緩い都市だから、リランドラに買ってもらうんだ。シャトルテゴラインについたら、売り物はまとめて並べられる。そのとき、彼らの目につかないよう、自分を精一杯汚しておくといいよ〟
ポレポレは、俺だけに聞こえる形で、悲しげにいった。
〝せっかくザイレンさんに新しくて綺麗な身体を作ってもらったのに〟
〝アップデートのタイミングが裏目に出たな。とはいえ、悔やんでも仕方ない。できるだけ見栄えが悪くなるよう工夫しよう〟
ポレポレは部屋の隅の埃を集めると、自分の身体に擦り付けた。それから、床に落ちていた金属片を使って、俺がなめらかに仕上げた装甲に傷をつける。
ガリガリという音が、薄暗い倉庫のなかに響いた。
仕上げは油汚れだ。休止モードに入っている他の商品のなかに、かつてのポレポレ同様に腐食止めとして有機質の油を塗りたくっている個体があった。
彼らの体表から真っ黒な油を少しずつ拝借して、自分の身体にすりこんでいく。
彼女が作業している間、ミンゴロンゴは電子的にわいわい話しかけてきた。
〝都市は、もともとは、ほとんどが移動体なんだ。ようするに、もっと大きなぼくだと考えてもらえばいいかな? キャタピラがあって、腹の下に資源回収口があって。ゴミをもりもり食べながら、それを熱エネルギーに変換して前進するんだ。
でも、このへんの熱量豊富なゴミはほとんどが食べ尽くされちゃってるから、巨大都市は動けなくなった。それで、彼らはひとところで自分を固定して、自分の口では食べられなかったサイズのゴミを、下等生命体に集めさせて、ほそぼそと生きるようになったんだ。
リランドラの管理体は、ぼくが羨ましいってよくいってるよ。ゴミの平野を駆け抜けていたころが懐かしいって。でも、ぼくだって楽なわけじゃない。これだけの身体を動かすだけの熱量を得るには、交易でちゃんと利益を上げないといけないから。
サスパンの管理体は、ぼくにも定住を進めてくる。サスパンはもとはもっと大きな都市だったんだ。でも、別の都市に攻撃されて、逃げるうちに部品を失って小さくなっちゃったんだって。彼曰く、余計なことはせず、静かに生きるのがいちばんらしいよ。
シャトルテゴラインの管理体は、よくわからない。話しかけても返事をしてくれないんだ。管理体がいない可能性もあるけど、気配は感じるんだよね。なんていうか、お高く止まってるっていうかさ。あそこは住民も変で、どうやって作られてるのかよくわからないんだよね。使われてる部品が、そのへんの再生資源じゃないんだ〟
俺はポレポレに質問を投げ、彼女が俺に代わって訊く。
〝この辺りのゴミを食べ尽くしたなら、なぜ彼らはもっと熱量豊富なゴミを求めて移動しなかったんでしょうか?〟
〝いい質問だね! ぼくもそれが気になって、一度、サスパンの管理体に直接聞いたことがあるんだ。答えは、熱量豊富なゴミが残っている地域は、弱肉強食の地獄だからなんだって。強い都市は弱い都市を食らって、より強い都市になる。これを繰り返すうちに、都市の数はどんどん少なくなって、残った都市はどんどん大きく、強くなった。サスパンは到底太刀打ちできなくて、この熱量砂漠地帯に逃げ込んで来たんだってさ〟
ようするに、最果て村の外に広がる地域も、さらに外の地域から見れば最果て村と似たようなものということか。生存競争から一歩引いた都市がほそぼそと生きる場所なのだ。
ミンゴロンゴはたいそうなおしゃべり好きだった。
ためになる情報も少なくないのだが、昼も夜もなく話し続け、さすがのポレポレもうんざりし始めたころ、船内全体にベルが鳴り響いた。
〝なに!?〟と、ポレポレが天井をあおいだ。
ミンゴロンゴがいう。
〝シャトルテゴラインに着いたんだよ〟




