電飾野郎
〝廃棄炉?〟とポレポレ。
何者かが驚きを示す念を送ってくる。
〝君、知らないの? 船の機関部にあるやつだよ。なんでも食べてエネルギーに変えちゃうんだ〟
電波の送り主を探して、ポレポレが視線を彷徨わせる。
呼びかけてくるのは、床に寝転んでいる何十体という機械人類の誰なのだろうか。
〝あたし、村から出たことがなくて。ここはどこなんです?〟
〝「商人様」の店舗船だよ〟
〝なんであたしが、その乗り物に?〟
〝君がいる場所には、別の商品が入ってたんだけど、定期確認のさいに壊れてるのがわかってね。商人様は、代わりに君を用意したんだよ。頭数が足りないと、みくびられるから〟
〝代わりに用意する?〟
俺は自分の持っている、誘拐の顛末の記憶をポレポレに投げた。
ポレポレは俺本体と離れ離れになっていることを知って動揺した。
何者かはその様子を見て、彼女が事態の深刻さに震えていると誤解したらしく、慰めるようにいった。
〝大丈夫。商人様も見込みのないコをわざわざさらいはしないよ。君なら、どこかの都市には買ってもらえるさ〟
〝その、ずいぶんと詳しいんですね。あなたはどなたなんですか?〟
床の上に並んだ機械人類たちはぴくりとも動かない。
声がいう。
〝ぼくは、この船を管理するミンゴロンゴだよ。都市のことは、あそこの荷役市民に教えてもらったんだ〟
俺はポレポレを通して質問を投げた。
〝管理する? 船の運航を担当する船員ってこと?〟
ミンゴロンゴが答える。
〝違う違う。ぼくはこのミンゴロンゴ号そのものだよ〟
なるほど。
この声の主は、船の管理AIということらしい。
ポレポレがいう。
〝姿が見えないんですけど〟
〝ぼくは船だからね。君はぼくのなかにいるんだ。見えないわけじゃないさ。目の前の壁も、天井も、扉も、配線も、すべてがぼくの一部だ。ぼくの外観はこんな感じだよ〟
ミンゴロンゴが、3Dデータを送ってきた。
彼の全体像らしい。
キャタピラ付きのペットボトルが三つ並んだような形をしている。キャップの部分からは何十本もの細い煙突が立ち並び、黒煙を吐き出している。ペットボトルの高さは四階建てのビルくらいか。
服飾族の都市ほどではないが、このゴミ世界では相当の文明度だ。
ビルのあちこちからは商品名らしきものを書いた昇り旗が突き出し、同じようにゴテゴテと文字に埋め尽くされた垂れ幕がぶらさがっている。さらにあちこちに取り付けられた電飾がギラギラ輝く。
〝すごく目立つ作りなんですね〟
〝この営業開始四十八年セールのときは天気があまりよくなかったんだ。暗い中でもお客様に見つけてもらうには工夫が必要なのさ〟
〝四十八年!? あなた四十八歳だってこと?〟
〝いや、ぼくは一度リニューアルされてるからね。年齢は七十九歳だよ。そのときにバド本店から暖簾分けされたんだ〟
〝村長のオタさんより歳上なんですね。なんでも知ってそう〟
〝なんでもって、ほどじゃないけど、まあ大抵の管理者よりは物を知ってるよ〟
〝じゃあ、教えてください。あたしはどうすれば、連れと再会できるんですか?〟
〝それに答えるのは難しいなあ。君を逃すと商人様たちに迷惑がかかる〟
ポレポレはムッとした。
〝その商人様とやらのおかげで、あたしはすっごい迷惑してるんですけど〟
〝そういわれてもなあ〟
ポレポレはそれ以上返事をせず、黙り込んだ。
ミンゴロンゴが〝おーい、話をしようよ〟と呼びかけてきたが、無視する。
電波通信のやりとりはなくなったが、俺は船内に張り巡らされた電子的ホットスポットを通して、ミンゴロンゴの意識がまだ近くにいるのを感じていた。
自分の身体から切り離されたからだろうか。これまでよりも、電子的な感知能力が上がっている気がする。
ミンゴロンゴがいう。
〝ねえ、ぼく、退屈なんだよ〟
〝商人様は非電子的コミュニケーションしかできないし、君以外の商品たちも、ぼくと話せるほどの能力はないんだ〟
〝誰かと話すのは五十三日ぶりなんだよ〟
ポレポレはまだ黙っている。
実時間で二時間ほどしたところで、ミンゴロンゴが降参した。
〝わかったよ。商人様の邪魔はできないけど、君が売られたあと、どうやって逃げ出せばいいかを指南することはできると思う。それでどう?〟




