奴隷交易船
俺はポレポレの一部として、彼女の五感の入力を彼女と同じように味わった。
まず感じたのは振動だ。彼女はいま仰向けに横たわっているのだが、床が小刻みに揺れている。
両の眼が捉えているのは低い天井。床からの高さは一メートル半ほどしかないだろう。パイプや配線が無秩序に這い回り、ぶら下がっているアーク灯のようなものが、ちかちか瞬いている。
エンジン音のようなものが耳に届く。俺は人間だった頃に乗ったフェリーのエンジン音を思い出した。力強い重低音が一定のリズムを刻んでいる。
ポレポレが〝これが、音!?〟とつぶやく。
彼女の聴覚は、これまではたった一つの集音器だけで収集されていたが、いまは頭部の両サイドに二つ付いている。視覚同様に、聴覚も立体的になったのだ。
俺はマニュから預かった補正パッチを当てた。彼女の聴覚分析ソフトウェアを、新しい聴覚に適応させるためのものだ。
作業的にはそこまで複雑ではない。
マニュが俺自身に組み込んだソフトにより、俺はプログラムの世界を自身が慣れ親しんだ形に変換して認識することができる。
いま、俺のボロアパート部屋仮想空間のなかに、半透明の二人のポレポレが浮かんでいる。
一人はもとのスクラップボディのポレポレ。錆びついた両足の長さはそろっておらず、モノアイで、不恰好なアンテナが頭から突き出している。
もう一人は古いポレポレを覆うように重なっている、新しいポレポレだ。基本的な構造は元の彼女を真似ているが、脳回路以外の全パーツが新品で、素材の強度は飛躍的にあがっている。強度が上がった分、重量は増したが、重い身体を動かせるよう、人工筋肉の性能も向上させた。ふくらはぎなどは、アスリートのように盛り上がっているし、じっさい、人間のオリンピック選手が青くなるほどの速度で走れるはずだ。
腐食耐性を持たせてあるので、ぬめぬめした有機オイルは不要になった。
頭部は、設計上は元より若干小さい。元のモノアイは大きさの割に性能は悪く、アンテナ類も妙に嵩張っていた。新しい頭部は、全体的にコンパクトな仕上がりで、アンテナは両耳の上から突き出させている。
新旧二体のポレポレは、仮想空間内で重なり合っているが、完全には一致していない。新しいポレポレの方が、ひと回り大きい。
俺はパッチプログラムをズボンのポケットから取り出した。俺の認識下では、青色の紙粘土のような外見と手触りをしている。これを、ポレポレの古い自己イメージの上に貼り付けて、新しく大きな身体と一致させる。
すると、あら不思議、彼女はごく自然に新しい身体を自分のものにできるわけだ。
一通り作業が終わると、彼女の心が、多少安定したのが感じられた。
〝ザイレンさん、ありがとうございます。少し落ち着いてきました〟と彼女。
俺は仮想空間のなかで肩をすくめる。
〝礼は早すぎるぜ。俺Aの間が抜けてたせいで君は拐われてしまったわけだし〟
〝さらわれた?〟
彼女がゆっくりと身を起こす。
周囲には、彼女と同じような人間タイプの機械生命が、寝返りを打つ隙間もないほど、ぎっしりと詰め込まれていた。まるで古代地球の奴隷貿易船だ。
人形機械生命たちは、真上を向いたまま、ぴくりとも動かない。
〝なに? なに?〟またポレポレがパニックになりかける。
すると、どこからともかく思念電波が届いた。
〝新入りさん、騒ぐのはやめてエネルギーを大事にして。廃棄炉行きになりかねないよ〟




