ポレポレ誘拐
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マニュがその振動を捉えたのは、俺が荷台でポレポレの身体アップデートおよび導入補助システムの立ち上げを終えたときだった。
〝ご主人様、11時方向から何かが近づいてきます〟
俺は義肢で身体を持ち上げると、マニュの示した方向をカメラで確認した。
何もない。ただ、屑鉄の盆地があるだけだ。盆地の向こうの山のてっぺんは空を覆う黒雲の底面に飲み込まれている。山頂と雲がなんらかの化学反応を起こしているのか、ときおり紫色の光と爆発音が轟く。
〝何も見えないぞ。小さめの機械生命か?〟
視認できないのは屑鉄の下を這い回っているせいかもしれない。
〝いえ、もっと大きな質量によるものです。三時方向および五時方向にも振動あり〟
俺は長距離センサーを起動すると、四方を確認した。
だが、やはり感知できるものはない。
ポレポレは意識をオフにしたまま、荷台の上で静かに眠りについている。
俺は全ての義肢を太く強化した上で、それらの先端に輪形族の体内刃物質をかぶせた。
マニュの振動探知機が故障しているとは考えづらい。
カメレオンのようなステルス能力を持った相手だ。
しかし、センサーまで反応しないとはいったいーー。
そこまで考えたとき、いきなり運び虫の車体が傾き、俺とポレポレは車外に投げ出された。
俺は地面に叩きつけられ、ポレポレの身体はふわりと浮かび上がる。見えない何者かが彼女を掴んでいるのだ。
〝おい!待て!〟俺は怒鳴りながら追いかけようとしたが、身体が動かない。
見れば義肢の一本に白い粘着性を持つ物質が張り付き、身体を地面に縫いとめている。
即座に義肢を自切しようとしたが、その前にさらに粘着物質が降り注ぎ、完全に身動きが取れなくなった。
輪形族の体内刃を、槍状に構築しようとしたが、刃の生成は途中で止まった。粘着物質を切り裂けず、十分な構築スペースが取れなかったからだ。
「運が良かったな。こんなところで、ハグレを手に入れられるなんて。下等存在にしてはいい身体をしてる」
宙に音声が響いた。村人や輪形族のような電波信号による声ではない。はっきりした音波だ。
さきほどとは別の波形の声がいう。
「ところで、こっちのやつはなんだ?」
マニュがいう。
〝人類標準言語ですね。ただ、訛ってます。信じられないほどの語形変化が見られます〟
「持って帰るか?」と、はじめの声。
「いや、こんな気味の悪い形をしたやつが売れるとも思えん。とくにシャトルテゴラインの連中は嫌がるだろう」
「じゃあ、ばらして資源だけ回収するか?」
「それも必要ない。こんな薄い身体じゃ、手にするものより、ばらすために使うエネルギーの方が大きそうだ。放っておこう。あとのことは〝蟲〟に任せとけばいい」
宙に浮かんだポレポレの身体が、ふわふわと離れていく。彼女を担ぎあげている何者かが離れていくのだ。
〝おい!待て!〟
電波音声で叫んだが、二人の耳には届かない。
全力で体の車輪を回し、義肢を振り回すが粘着物質はびくともしない。
俺は遠ざかるポレポレの身体にいった。
〝俺E!頼むぞ!その子を傷つけさせるな!〟




