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分子蛇

ブクマ付かないand至急書きたい短編が出てきたため、一度完結させましたが、読んでくださってる方が思った以上にいてくださったので再開します。

俺は、酸の雨を避けるために、くるりと方向転換して、今先ほど出てきたばかりの穴蔵に戻った。


短く前進と後進を繰り返して、身体についた雨を振り落とす。俺の身体から落ちた雫が、シリンダー虫の一匹に命中し、虫はビクビク震えながら溶けていった。


〝マニュ! どれくらいダメージを受けたかわかるか?〟


間を置いて彼がいう。


〝本体にダメージはありません〟


〝ありませんって。鉄の虫がやすやすと溶けるようなpHだぞ?〟


マニュが俺の記憶を探るのが微かに感じられた。pHという単語を彼の言語知識と照合しているのだ。


〝再確認しました。この身体の本体は、やはりダメージを受けておりません。我々が後付けで製造した八本腕にはわずかに融解が見られますが、使用には問題ない範囲です〟


〝よかった。さすがは未来のルンバ〟


マニュが不満げな気配をよこした。


〝なんだ?〟


〝マスター、「いっさいのダメージを受けていない」のです。わたしに送られてくるデータによれば、本体外殻にはミクロン単位の損傷すらありません。これは本体が超物質、超構造体、時間外存在体のいずれかで構築されていることを示しています〟


俺は仕事柄、科学分野に明るいが、どの単語も聞き覚えがない。

〝すごい技術だってことか〟


〝すごいどころではありません。この三技術は偉大なる人類帝国でも実用化の目処が立っていなかったものです。もっとも研究の進んだ超物質技術ですら、0.1グラムの超物質製造に、一つの惑星の一年分の産業エネルギーを必要としたほどなのですよ? つまり、わたしたちの身体は、わたしというAIが製造された時点から、遥かあとに構築されたものなのです〟


〝ふーん〟


〝それだけですか? 未来人が作った身体なのですよ?〟


〝いや、俺からすれば、一万年後の未来だといわれてたのが、二万年後になったくらいの話だから。ともかく、俺たちの身体が頑丈だってのは良かったよ〟


マニュが俺の反応に不満を抱いているのが伝わってきた。もっと驚いて欲しかったらしい。


俺は雨が止むまで、あたりのシリンダー虫をパクついた。身体の本体は不可侵の物体で出来ているとはいえ、後付けした腕を無駄に傷めたくなかったのた。


数時間後、薄暗い空が微かに明るさを増した。

光のもとに、シリンダー虫たちがぞろぞろと這い出していく。何匹かは方向感覚がおかしくなっているのか、かつて俺が入っていた洞窟の奥へと消えていった。


雨上がりのゴミ星は、一面の霧に覆われていた。マニュの分析によれば、霧の主成分は水蒸気ではなく、水素と一酸化炭素だ。周辺に降り注いだ強酸の雨が、ゴミ星を覆いつくすスクラップの表層を酸化させたのだろう。


哺乳類なら数秒呼吸しただけで死んでしまうような環境だが、機械生命たちは霧の中で、早くも活動を再開していた。シリンダー虫をはじめとする金属虫たちは溶けかけた金属の上をいきいきと這い回っている。


マニュが俺の疑問を察してーー思考回路を共有しているので、互いの感情は筒抜けだーーいった。


〝イオン化した金属内水素を取り込んでいるようですね。あの小さな虫たちが水素を元に安定したエネルギー蓄積体を作り出し、より大きな金属生命は、それを食らい、さらに大きな金属生命は、と続いていくのでしょう。彼らはこの機械生態系の土台、生産者といえます〟


〝地球の植物と同じ役割ってことか〟


〝その通りです。ですので、外見など気にせずもりもり食べてください。あなたの世界のコメのようなものですよ。ちょっと動くだけです〟


〝いや、どう見ても米じゃなくイモムシだろ〟


だが、文句をいっても仕方がない。今の俺の食べ物はこいつらなのだ。俺は八本の手足でゴミ山の斜面を降りながら、腹の下を通過するシリンダー虫たちをたいらげ、時折現れるティッシュ箱は体当たりで押し潰して、エネルギーを蓄積した。


マニュがいう。

〝いいですね! すでに二百時間連続稼働できるだけのエネルギーが集まりましたよ〟


〝そりゃあよかった〟と、感想を返した矢先に、足元周辺の鋼材がいきなり割れた。バランスを保とうと手の一本を伸ばすと、その手に糸のようなものが巻き付いた。糸は何の抵抗もなく俺の金属の手に食い込み、切断した。


〝なんだ!?〟


糸が地面を這い、なめらかな動きで俺の身体に巻き付く。残り七本の手足全てが切り落とされ、俺は元のルンバボディだけになって、スクラップの山の上に転がった。


糸は俺を縛っては解け、縛っては解けを繰り返している。


マニュがいう。

〝これも機械生命の一種ですね。分析によれば、この糸の太さは分子スケールです。僅かな光の反射がなければ、わたしたちの超高精細カメラでも認識できないでしょう〟


〝それがなんで蛇みたいに俺たちに巻きつくんだ?〟


〝まさにその、あなたの記憶にある蛇という原始生物と同じ理由でしょう。蛇は相手を締め付け、骨を砕き、肺を潰し、呼吸を阻害することで仕留めます。この糸は、素晴らしい強靭さと細さで、相手を切断して仕留めるのです〟


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