俺Bと俺C
マニュがいう。
〝うまくやりましたね。これで、村人のアップデートに先鞭をつけられますね〟
今後、最果て村の人々が、服飾族と対等に話し合うには、服飾族に舐められないだけの見た目と機能が必要だ。少なくとも、いまのスクラップ同然のボディでは話にならない。
〝とはいえ、付いてこないでもらえるのが、いちばんだったんだけどな。手持ちの資源でどれだけ強化しても、安全とは言い切れない〟
俺は貪欲様の記憶の中で見た、大型輪形族の遺体を思い出した。服飾族の火焔式都市の最低層で、外殻を唐竹割りにされていた。
服飾族は、あの頑丈な外殻をどうやって、ああも綺麗に切断したのか。
〝アップデートの研究はどうなってる?〟
俺は言いながら、マニュが展開している仮想空間を覗いた。埼玉県の湖畔の公園を模した爽やかな思考用世界のなか、芝生の上で、俺の分身とマニュの分身ーー俺BとマニュBーーが、製図版をいくつも並べ、手を動かしながらあーだこーだ言い合ってる。
それぞれの製図版の横には、可動式の金属ラックがあり、色とりどりの義肢が置かれている。俺本体に付いている蟹の手足のようなものではなく、村人のための人型義肢だ。
俺Bが上空視点で様子を見ている俺に気付き、手を振って最新の記憶データの一部をこちらに寄越した。俺たちの記憶は、一日一度、自動で共有されるが、それ以外のときはこうして互いに受け渡す必要がある。
いま、俺Bたちは、輪形族の〝体内歯〟を装甲に組み込もうとしていた。しかし、体内歯はセラミック系素材でできているため、特定方向以外からの衝撃には弱い。いくらでも再構築できる俺自身ならともかく、村人の装甲に使うには不向きだ。
ただ、俺Bはセラミック系素材の加工のしやすさを買っている。マニュは実用一辺倒の作りにするつもりだが、俺Bは村人たちの希望をデザインに反映してやりたいのだ。
俺B・マニュBの仮想空間は、エネルギーを十分に投入して思考速度を早めているため、彼らは、すでに数ヶ月間分の開発活動を続けている。それでも、村人をアップデートできる水準には至っていない。
上から見ていると、俺と記憶を共有した俺Bが焦った表情になった。
マニュBにいう。
「締め切りができたぞ。現実時間で三週間以内に完成させる必要がある」
マニュBが製図版から顔をあげた。口元にポテトチップスのかけらが付いている。彼女の製図机の横には空の袋が山のように重なっている。
「ここでなら、最低でも一年三カ月の体感時間になります。問題はありません」
俺は安心して俺Bたちの仮想空間を離れると、少し前に立ち上げた、俺C・マニュCの仮想空間の〝ドア〟を開いた。
こちらは、俺の大学時代の研究室を模した空間になっている。同じ俺なのに、思考空間に好みの差が出るのは不思議な気もするが、複製したときの感情や目的の違いが影響するのかもしれない。
俺CはMacBookでCADを走らせながら、大学時代と同じように、型の古いマシンで煮詰められたコーヒーをすすっている。マニュCはいつもの制服姿ではなく、サイズの少し大きな白衣を着て、宙空に俺Cが設計した「運搬装置」のミニチュアを浮かべて弄んでいる。
俺がドアの隙間から顔を出して「できたか?」と訊くと、マニュCがサムズアップして、ミニチュアを投げて寄越した。
俺はデータを受け取りつつ、新しい依頼を二人に投げた。マニュCが「これは腕が鳴りますね!」と白衣の裾をまくる。ここのマニュは本来のマニュより、若干人間味が強いように感じられるが、気のせいだろうか。
彼らに手を振って現実世界に戻ると、ちょうど村人たちの議論がまとまったところだった。
ポレポレが俺の前に進み出て胸元に手を当てる。
〝あたしの身体、ザイレンさんの自由にしてください〟




