次元爆弾
俺は、膝を突き、足元の二次元コード岩に触れた。色は地味な灰色だが、手触りは大理石のようになめらかだ。
「宇宙が消滅した、って。消滅したなら、痕跡も何もかも消えるんじゃないのか?」
マニュがいう。
「次元が消えたとしても、上位次元にはその跡が残ります。ノートに書かれた文字を消しゴムで消せば、消しカスが出るようなものでしょうか。
図書館を残した異星文明は上位次元の一部を観測できるまでに発展していました。
そして、彼らが観測できた限りにおいて、この宇宙は七度の滅びを経験していたのです。
一つ目の宇宙は154億年で消滅、
二つ目は68億年、
三つ目は25億年、
四つ目は12億年、
五つ目は231億年、
六つ目は8億年、
七つ目は548億年」
「なんだ? やけに幅があるな」
「異星文明の科学者たちが、宇宙の寿命がバラつく理由に気づいたのは、おりしも自分達が危機を目の当たりにしたからでした。
彼らの文明は、この図書館惑星が作られる五万年ほど前に、二派に分かれ、互いを滅ぼそうと超科学力を兵器開発に振り向けました。
ブラックホールで惑星を削り取る〝臼〟、恒星の燃焼反応を止める〝消化器〟、一つの銀河を丸ごと切り裂く〝神刀〟。そして最終兵器たる〝次元爆弾〟。
この超爆弾は、3次元空間を0次元に折り畳みます。2次元化により、あらゆる生命体は平面化され、活動を停止します。1次元化により、すべての物質は意味を失い、0次元化により存在は消失。ひとたび起動すれば、宇宙は無の渦に飲み込まれます。
幸い、彼らは実地使用の前に、奇跡的な和平に辿り着きましたが、すべての超高等文明がそれほど幸運だったはずはありません。つまり、それこそが七度の宇宙消滅の真実です」
「おそろしい話だな」俺は二次元コード岩の表面をたたきながら首を振った。「ただ、村人たちに伝えたい含蓄はどこにあるんだ?」
マニュが指を振ると、俺たちはまた宇宙空間に戻った。図書館惑星は真上に浮かんでおり、その周囲を、ものすごい数の宇宙ステーションが取り囲んでいる。ステーションは互いに連結し、惑星全体を覆い隠そうとしているかのようだ。
俺たちのすぐそばを全長数キロはありそうな宇宙船が通過していった。分厚そうな装甲に、砲塔としか思えない突起物の数々、おそらく戦闘艦だ。
良く見れば、ステーションのさらに外側を何万という数の戦闘艦が警護している。
マニュがいう。
「〝図書館〟を発見した科学者集団は、帝国内で頻発していた小競り合いが、いずれは異星文明の予言する最終戦争につながると考えました。小競り合いといっても、帝国全体の規模から見ればの話で、じっさいは数百の恒星系群による星間大戦ですからね。
科学者たちが皇帝に働きかけた結果、二つの〝財団〟が設立されました。
一つは、次元爆弾のような最終兵器が製造・使用されたときに備えて、人類の一部なりとも救うための道を模索するもの。
もう一つは、各地の紛争に極秘裏に介入し、平和状態を作り出すもの。
異星文明の遺産から生み出される超技術とそれから得られる資金が、彼らの活動を支えました。
とくに後者は帝都近衛軍以上ともいわれる艦隊と何億という数の工作員を運用しましたので、まさに天文学的な費用が必要でした。血と金が帝国の平和を贖ったのです。
つまり、平和というものは、〝話し合い〟などというふわりとしたもので手に入れられるものではないということです。
なお、余談ではありますが、わたしという超AIも財団の産物の一つです」




