惑星二次元コード
マニュの背中から、蛸足がにょろりと伸びた。犬の尻尾のようにパタパタ揺れる。
「たいへん合理的かと思います」
「ああ、貪欲様の記憶データからみて、このあたりの村々から〝税〟として取り立てられる資源・エネルギー量は、いまの生産力なら無理ってほどじゃない。しかも、生産力は今後ますます上がっていくんだ。なら、このまま送り込まれる徴税人を破壊し続けて、服飾族と正面切って敵対するのは得策じゃない。税を納めて、注目をそらすべきだ」
「素晴らしい案です」マニュが拍手する。「現時点でまともにぶつかれば、勝率は0.04%ですが、三ヶ月後ならば12%まで向上します」
「ありがとよ」
そういいながら、俺は心の隅で、マニュは、こちらの思考が回路の表層に上がる前に読み取っているのでは?と思った。いくら超AIとはいえ、勘が鋭すぎる。
試しに〝バレてるんだぞ〟と、強く念じてみたが、彼女の表情にとくに変化は見られなかった。
そのマニュが付け加える。
「ただ、村人たちは納得するでしょうか? 彼らの望んだ〝話し合い〟とは、少々異なります。また、彼らは同じAIでも、わたしと異なり非合理的な判断が多い傾向があります」
「みんなは俺の正確な蓄電量を知らない。納税する気はないと誤魔化しつつ、こっそり納めることはできる」
「でも、ご主人様は正直に伝えるつもりなのでしょう?」
「人と人との付き合いじゃ、一見非合理的な判断の方が、長い目で見れば合理的なのさ。信頼関係ってやつだよ。もっとも、彼らが受け入れやすいよう、例え話はするつもりだ」
「どのような話ですか?」
「話し合いによる平和を手にするためには、駆け引きも必要だって感じさせる話だよ。アラビアンナイトの〝漁師と魔神〟とか。いや、あれじゃ余計な含蓄が多すぎるな。マニュ、何かいいネタを知らないか?」
「ふむ」
マニュがその場に正座して顎に手を当てた。背中の蛸足がどんどん伸び出し、彼女の身体を宙に持ち上げる。何十本もの蛸足が複雑に絡み合い、彼女の小柄な身体がくるくる回る。最終的に正座したまま、真横を向いた状態で動きが止まり、彼女が人差し指を立てた。
「こんな話はいかがでしょうか?」
いきなり、俺の周りに広がっていた湖畔の風景が消滅し、暗黒の宇宙空間が取って代わった。
無限の星空を背景に一つの惑星が浮かんでいる。地球型の星のようだが、大地はどこまでも灰色でひたすらに地味な雰囲気だ。山脈などの凹凸も少ないのかのっぺりしている。海はなく、空をよぎる雲は薄く、変化は少なく味気ない。
宇宙の中、隣に浮かんでいるマニュがいった。
「惑星G12457859です。別名〝図書館〟です」
「図書館?」
マニュが指を動かすと、また風景が切り替わった。
さきほどの惑星の大気圏内らしい。
俺たちは宙に浮いており、眼下には、とてつもなく巨大な「迷路」が広がっている。一つの迷路のサイズは千メートル四方くらいか。大地の岩盤そのものを削って、幅十数メートルの壁と通路を構築している。通路の中には、他の道とつながらない閉鎖的な回路もあり、「迷路」というよりは、巨人用の「二次元コード」のようにもみえる。
そんな二次元コードが地平の彼方まで何万、いや何十万個も広がっているのだ。おそらくは惑星全土を覆い尽くしている。
マニュがいう。
「これは、人類ではなく異星人が残した〝遺跡〟です」
「異星人? 人間は宇宙人と出会ったのか!?」
「いえ、わたしの知る限りでは会っていません。そもそも、宇宙の広さと時間の幅はあまりにも大きく、一つの文明が勃興し、滅びるまでの〝僅かな期間〟に他の文明に遭遇できる確率はゼロに等しいものです。
偉大なる人類帝国は、古代地球人のあなたには想像もつかないほどの範囲にまで広がりましたが、先達の〝遺跡〟は見つけられても、生きている異星人には一度も接触できませんでした」
「マジで? 宇宙って意外と寂しい場所だったんだな」
俺は、なんとなく宇宙には何百何千という異星文明がひしめきあっているものと思っていた。それが、互いに遭遇することすら難しいとは。
俺とマニュは、巨大二次元コードの線の上に着地した。はるかに続く紋様の平原の彼方から、生ぬるい風が吹いている。
マニュがいう。
「寂しさ、人類帝国の科学者たちも、この遺跡を残した異星人たちの心情をそんな風に分析していました。
その異星人たちは、人類帝国にも勝るとも劣らない偉大な文明を築きながらも、数千万年程度とされる〝文明の寿命〟に敗北し、時間の流れに消え去ろうとしていました。そこで、彼らは、自らの知恵と記憶の一部を後進に託そうとしたのです。何千万年、何億年かあとに現れるだろう新たな大文明に対し、この岩石ストレージを残したのです」
「岩石? そんな超文明が残した記録媒体が岩なのか?」
「岩こそ、この世界でもっとも頑強かつ、時の流れにも対抗しうる物質の一つです。古代地球においても、軽く掘った程度の石板の文字が何千年ものちに解読されていたではありませんか。
この図書館惑星は、大地のプレート活動は停止させられ、大気も不活性化のためにアルゴン主体に置き換えられています。そのため、地震による破壊や、風化作用がほとんど生じません。学者たちの調査結果によれば、惑星にコードが刻まれたのは四億年前ですが、欠損は隕石衝突によるごく一部だけでした。
人類帝国の分析用AIは、この惑星から膨大な科学情報を読み取り、人類はそれを元にいくつもの技術的ブレイクスルーを実現しました。
しかし、この岩石ストレージがもたらしたのは福音だけではありません。ここには、全人類を震撼させる〝予言〟が記されていました」
「どんな?」
「全宇宙は過去に七度消滅しており、八度目も免れ得ないという内容です」




