仮想空間授業
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俺は教卓の上で、紙芝居「泣いた赤鬼」の最後のセリフを読み終えると、顔をあげて生徒たちの反応を見た。
ボロボロの人型ロボットたち何度も頷いている。一番後ろの席に座っているオタが「何と素晴らしい話じゃ」と〝音声〟でつぶやく。もちろん、彼の体に発声機構は付いていないが、この仮想空間においては、人間の形態をとっている俺に合わせ、彼の思念電波は、俺に対しては音に変換される。
この授業用仮想空間のアイデアを出したのはマニュだ。これほどの人数を相手に、口頭だけの授業をしていたら、どれだけの時間が必要になるかわからない。その点、仮想空間なら、多少のエネルギーを投入すれば体感時間はそのままに、現実の時間経過を大幅に抑えることができる。俺が、この紙芝居を読むのに十五分ほどかかったが、現実世界では三分も経っていないはずだ。
オタたちの精神的負担を考えて、彼らのアバターは彼ら自身の姿を模したものをマニュが用意した。
それでも、俺のロボット掃除機の身体と有線接続して、仮想空間の教室に入ってきたさいは、村人も車輪族も、文字通り腰をぬかさんばかりに驚いた。
彼らのスクラップの世界とはかけ離れた清潔な教室ーー俺が大学時代にバイトしていた進学塾の教室そのものだ。教室の後ろには都内の私立中学の入試日程が張り出されているーー。窓の外には〝晴れた空〟と摩天楼。そして教卓に立つ俺は生身の人間の姿だ。
事前に、俺の仮想世界がどのようなものかを説明してなお、みな度肝を抜かれた。
「空が、青いぞ!?」
「なんだこの異様な明るさは!」
「外の家を見ろ!信じられない高さだ!」
「俺たちの村はどこに消えた!?」
口々に騒ぎ立て、授業を始めるどころではない。
俺は教壇の上で両の手を叩いた。ロボット掃除機の義肢ではない。仮想とはいえ人間の手だ。
「みんな静かに!もう一度説明するぞ!ここは俺の中に構築した仮想世界だ」
ポレポレがジッと俺を見つめる。
「ザ、ザイレンさん?」
「ああ、現実の俺とは少し違ってるけど、そこはあんまり気にしないでくれ」
「いや、気にしないでといわれても、無理だよ。だって、すっごく〝完璧〟だし」
オタが頷く。
「その通りです。そのお姿は、なんというか、その、よくわからないのですが、わしらに響くものがあるのです」
村人たちが同意のつぶやきをもらす。
もっとも、輪形族は別で、俺の外観の変化にはそこまで感銘を受けていないらしい。
教室のいちばん後ろの角の席で、女子中学生の頃の妻の姿をしたマニュが手を上げた。いつのまにか出現したのか。しかも、まわりの村人たちには彼女が認識できていないようだ。
マニュがいう。
「彼らが家政婦ロボットの子孫だとすれば、人間を絶対的存在だと感じる可能性は大いにあります」
村人たちは声にも反応しない。
俺は咳払いした。
理由はともかく、生徒たちが教師に集中するのは授業という点から考えれば、悪いことではない。
手で、教卓の中を探ると、マニュに用意させた紙芝居が出てきた。
「それじゃあ、まずは道徳〝から〟始めるか」
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「泣いた赤鬼」の紙芝居が大好評に終わったのち、俺はそのまま〝2限目〟に取り掛かった。
科目は〝科学〟だ。
この最果て村が服飾族と互するためには、村の文明そのもののレベルの底上げを図るのが効率がいいはずだ。
俺は壁に埋め込まれた大型ホワイトボードに、水素の分子式を書き出した。




