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仮想埼玉ピザポテト

このままでは、イムリを救うことはできない。


俺とマニュは、暇を見つけては、仮想空間で、あーだこーだ議論した。


マニュが構築した思考用仮想空間は、古代地球において、我が家から自転車で20分ほどのところにあった埼玉彩湖公園を模している。湖という名前だが、じっさいはとんでもなく大きな洪水用調整池だ。そのほとりに、水面を渡る風が心地よい芝生広場がある。


俺が娘と通っていた時分には、常に親子連れで賑わっていた場所だが、いまは俺たち二人しかいない。


俺は人間の姿で、いつも着ていたユニクロのジーンズとシャツを身につけている。隣に立つマニュは例によって中学生のころの妻の外見だ。学校指定の制服姿なのだが、どういうわけか、ときおりタコの手足のようなものが背中からひょっこり生えてくる。


いま、蛸足は先端に水性ペンを握り、ホワイトボードにさらさらと複雑な数式を書きつけていた。


俺たちのまわりには、考えを整理するために使ったホワイトボードが何十と並んでいる。ホワイトボードが文字や数式でいっぱいになれば、マニュが手を振る。すると、真っ白なボードが出現し、古いボードは勝手に動いて、さらに古いボードたちの列に加わる。


マニュが、指で書いたばかりの数式をなぞった。


「ご主人様。水素発電方式でも、必要なエネルギー量を確保するには八ヶ月必要です」


俺はマニュに出させたピザポテトをつまみながら、数式をにらんだ。


イムリの量子回路を完全にコピーするには、おそろしいほどの計算量を求められる。俺たちのロボット掃除機の身体には、こなすだけの処理力があるようなのだが、残念ながらそれに必要なエネルギーが大幅に不足している。発電施設を強化しようにも、今度は建設に使う耐腐食金属やプラスチック類が確保できない。


「資源がどうしても足りないなあ」


俺は歯を動かしてポテチを粉々に砕いた。チーズの旨味が舌の上に広がる。


感動的な味だ。

ロボット掃除機の身体は人知を超えた機能を持っているが、味覚は人間よりもずっと鈍い。というか、俺が味覚のように感じているだけで、シリンダー虫やティッシュ箱を食べる時の〝味わいのようなもの〟は、潜在意識が慣れ親しんだ味覚として処理しているだけで、じっさいはまったく別の入力信号なのだろう。


マニュが、蛸足を伸ばして俺の手元の袋から、器用にポテチを一枚摘んだ。正直、この蛸足にはかなりの嫌悪感があるのだが、何度消させても、マニュが議論にのめり込み始めると、すぐに生えてくるのだ。


マニュがポテチをかじりながらいう。

「方法はあります」


「どんな?」


「まず、ハッキリしているのは、この最果て村の領域だけで解決するのは不可能だということです。ここは資源的に貧しいうえ、ゴミ漁りをする村民の数にも限りがあります」


「おいおい、話をどこに持っていくつもりだよ」


「単純な方向ですよ。この村だけで資源が足りないなら、よそから持ってくればいいのです。わたしたちが一蹴した貪欲様は、周辺の村々から大量の資源を回収していました。わたしたちなら、さらに容易に集められるでしょう」


「却下だ。俺は山賊みたいな真似をする気はない」


マニュが眉を顰めた。

「論理的な解だと思ったのですが」


「人間ってのは、非論理的なものなんだよ」


ところが、非論理的なのは俺だけではなかった。


このとき、現実世界の俺は、ポレポレの家の居間の隅でスタンバイモードに入っていたのだが、村長のオタが慌てた様子で飛び込んできた。


〝ザイレン様! お客人が参りました〟と電波を送ってくる。


俺は0.01秒で、仮想空間から、現実の自分の身体に戻った。

口の中にあったピザポテトの味がかき消える。


〝また、徴税人か?〟


〝いえ、山頂村の者たちです〟


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新鮮で面白い
[良い点] 仮想世界の中とは言えマニュさんポテチ食べんのかw というか味と言う情報を理解できるのか? 何か無駄機能付いてる気がする。 [一言] これはお掃除神国建国の予感……!
[一言] 面白い
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