発電街灯
俺は被覆ケーブルを生成し続けながら、峡谷を登った。
谷の壁面は金属酸化物でできており、真っ黒だ。ときおり、プラスチック釘を生成して、コードを壁に打ち込むと錆が飛び散った。
一時間かけて登り切ると、ポレポレが飛びついてきた。
〝ザイレンさん! 死んじゃったかと思ったよ!〟
〝悪い悪い。それよりうまくいったぜ〟といって、ケーブルを渡す。念のため、末端は封印してある。高電圧で感電すれば、彼女がショートしかねないからだ。
ポレポレが金属肢で掴む。
〝これが、「発電所」?〟
〝その一部だな。先端から電流が流れ続けるんだ〟
俺は物質構築機を起動すると、変圧用の大型コイルを大量に出力した。もちろんそれぞれに酸化防止用の外殻を用意する。
正直、コイルの設計には発電機以上に手間がかかった。設計といっても、マニュの用意した仮想空間のなかで、仮想の素材を元に俺が組み上げるだけなのだが、適切な仕様を見つけ出すために、外部時間で三時間、主観時間で一週間もかかったのだ。
かつて、大学の研究室で妻と再会した頃、彼女から「あなたはモノづくりの才能がある」と評されたが、原理を知っているはずの〝変圧器〟は、思わぬ難題だった。やはり理屈と実践は違う。
俺は一つ目の変圧器を、崖から離れたところに設置すると、下から伸ばしてきたケーブルを接続した。接続部は特に入念に耐腐食素材で封印する。
それから、二つ目、三つ目の変圧器を並べ、順番に繋いでいく。
三つ目の変圧器から伸ばしたコードを腹部に差し込んで、電圧を確認する。マニュによれば、計算通り、シリンダー虫の貯電嚢の電圧と一致している。
俺はほっとしつつも、足元をうろついているシリンダー虫たちの精妙さに恐れ入った。彼らは水素を直接電気エネルギーに変換し、蓄電している。
水素を安定的に供給する方法を開発できれば、シリンダー虫の電力変換機能を使って、より効率的な発電も可能かもしれない。
俺は腹からケーブルを抜くと、後ろから覗いていたポレポレに差し出した。彼女は恐る恐る、自分の腹部にあるエネルギーポートに差し込み、驚きのあまりその場にひっくり返った。
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俺は発電機が生み出したエネルギーを一時間ほど食べた。十分に腹が膨れたところで、もう一度、崖下まで降りて、初めの時と同じ要領で二つ目の発電システムを組み上げる。
それから、両方の発電システムから電力供給を受け、初めの半分の時間でチャージを終えると、三つ目のシステムを組んだ。
この日にできたのはここまでだった。
エネルギーの問題はともかく、電線の発電モーター用の磁性素材を使い切ってしまったのだ。俺はかんたんな電柱と電線を構築しながら、ポレポレと共に村への帰路についた。
道のりの途中で突き立てた電柱の本数は百二十本、最後に、村の広場にひときわ大きな一本を突き刺し、その電柱から十本のエネルギー供給用コードをぶら下げる。
村人たちがわらわらと集まってくる。
村人たちの念声が微かに聞こえた。
〝あれがザイレン様のいっていた、エネルギーをいくらでも用意してくれる仕組み?〟
〝ただの紐みたいだが〟
〝いったいどこから伸びてるんだ?〟
村長のオタが一本前に進み出た。
彼がいう。
〝ザイレン様、こちらが、その「発電所」なのでしょうか?〟
〝ああ、どうぞ〟俺は義肢でコードのひとつを掴むと、オタに差し出した。
彼は震える手で先端を自分の胸元のポートに差し込み、感極まった様子で、俺の奇跡を讃え始めた。
村人たちが残されたコードに飛びついた。
彼らは入れ替わり立ち替わり電気エネルギーをチャージしたが、一人だけ遠慮しているものがいる。ポレポレの母イムリだ。
俺はその場から電波で思念を送った。
〝どうした?なんで食べない?〟
悲しげな念が返ってくる。
〝わたしのように後先短いものが摂取しても、あまり意味がありませんから〟
俺はマニュに訊いた。
〝彼女を治すには、あとどれくらい発電機を作ればいい? 具体的な数を頼む〟
〝表面的な回路を複製するだけなら現時点で可能です。ただ、それですと、このイムリさんと同一回路を持った別個体になってしまいます。量子領域まで含めた複製を出力するには、この小規模水力発電システムが最低でも3万24機必要でしょう〟
3万!?
〝いまのペースだと、それだけ作るのにどれくらいかかる? 設置効率は指数関数的にあがるはずだろ?〟
〝1年4ヶ月と14日です。設置効率は村人たちの資源回収率に制限されますので〟
それじゃあ、用意ができる前に彼女が死んでしまう。
どう見ても、そんなに長くは持ちそうもない。




