村民アップデート
⭐︎⭐︎⭐︎
村人たちが広場で車座を組んで、思念電波で議論していた。村長オタが立ち上がる。何か一石を投じたらしく、村人たちがざわつくのが感じられた。
センサーの感度を上げれば、貪欲族ーーいや、これからは彼らの自称である車輪族と呼ぼうーーといっしょに、村の隅にいる俺にも聞こえたろうが、あえてそのままにした。
空はよく晴れている。といっても、この世界では空を覆う黒雲が途切れるということはない。いつもよりは、ほんの少しだけ雲が薄く、ぼんやりした太陽の光が強く、雨が降っていないというだけだ。
車輪族の長女である静静が、金属タイヤの身体を前後にゆらしながらいう。
〝ザイレン先生、どうして他種族に優しくしなければならないのですか?〟
〝優しくするのは無理か?〟
〝いえ、できます。先生の命令ならば従うのは当然です。先生は、この周辺にいる誰よりも強く、偉大なのですから〟
〝待て待て。その考え方じゃ困るんだ。優しさってのは、自分の心から湧き上がる気持ちであるべきなんだ。お前たちも、自分の家族に対しては優しくしたいと思うだろう?〟
静静がタイヤ体を傾けて同意を示す。
〝なら、簡単だ。この村の住民たちも自分の家族と思えばいい。たとえ種族は違っても、同じ家族だ〟
〝では、先生も彼らのことを自分の家族だと?〟
〝そうだな〟俺は村人たちを見つめた。親切な愛すべきオンボロロボットたち。〝いまの俺にとって、彼らはいちばん家族に近い存在だ。そして、俺はお前たちのことも家族みたいなもんだと思ってるぞ〟
俺が責任を持つべき、躾をされていない子どもたちといったところか。
静静が〝先生のような強者と、わたしたちが家族?〟
車輪族たちが一斉に体を揺らした。
マニュがいう。
〝感動しているようですね。そうそうご主人様、あちらの話し合いが終わったようですよ〟
見れば、村長オタを先頭に村人たちがこちらに向かってくるところだった。
俺は生徒たちを引き連れて彼らに近づいた。
オタにいう。
〝もう一回いうが、どんな結論でも俺は従う。服飾族相手の下に付くならそれもいいさ。冷静な判断だ。そのときは、車輪族の生き残りといっしょにここを出て行くよ〟
オタがいう。
〝いえ。大恩人であるザイレン様を追い出すなど。ただ、そのことがなくとも、これ以上、服飾族およびその配下に従うのは危険すぎると判断しました。貪欲様などは、一人を除いてわしら全員を破壊するつもりでしたゆえ〟
〝うん〟
〝かといって、ここから逃げることもできません。この村はこの世の果ての果て。外はすべて何かしらの種族の勢力圏です〟
〝ああ〟
〝だから、わしらはこの村にとどまって、服飾族と話がしたいのです〟
マニュが俺のみに伝える。
〝この期に及んで話し合いとは。この村の住人は究極の平和主義者ですね〟
〝でも、臆病ってわけじゃない。百眼族のときは、とても勝てなさそうな相手だったのに立ち向かおうとしただろ? ただ、本当に優しい人たちなのさ〟
〝賛成だ〟俺はオタたちにいった。〝でも、話し合いはいちばん難しい選択肢だぜ?〟
〝わかっとります。貪欲様よりさらに上位の存在ですから。でも、ひょっとしたら、本当にひょっとしたら話を聞いてくれるかもしれんでしょう?〟
マニュがまた俺の思考に割り込んでくる。
〝わたしの計算では、あの服飾族が彼らの話を聞き、さらに資源の徴収を止める可能性は0.02パーセントです〟
〝0.02? もう少しマシな数字にする方法はないのかよ?〟
〝難しいでしょうね。この弱肉強食の価値観が一般的な世界では、上位の種族が最下層の種族の話に耳を傾けるはずがありません〟
〝なるほど。ここの村人は話を聞く価値のある存在だと感じさせればいいってことか〟
マニュが不安げにいう。
〝ご主人、今度はどんな非論理的な案を思いついたのですか?〟
〝論理的な案だ。村人をアップデートしよう〟




