旧支配者の死
貪欲様が苦笑した。
「いや、あなたは下等存在などではありませんね。このわたくしを一撃で破壊したのですから」
「詫びる気はないぜ。警告はした」
「かまいませんわ。上位の存在が下位の存在を消し去るのは、世の習いですもの。あなたの力を見誤ったわたくしが、このようになるのは当然のことです」
貪欲様の仮想人間体は、そういって隣に横たわっている自身の損傷イメージを見つめた。もうまもなく死んでしまう身体だ。
「しかし、あなたの思考回路は、わたくしたちとは少し違うようですね。まさか、子供たちの命を助けるだなんて思いもしませんでした」
「親は親、子は子、子供に罪はないからな」
貪欲様が俺の顔を見た。彼女自身ですら名付けられない感情が渦巻いている、そんな表情をしていた。
「ともかく、礼を述べたいと思います。そのために、リソースを割いてあなたの前に姿を見せたのです。我が子らを助けてくださったこと、感謝いたしますわ」
貪欲様が自分の手足を見た。
「それにしても奇妙なイメージですわね。こんな柔らかそうな物質で身体を覆うだなんて。しかし、〝あのお方たち〟の肉体にどこか似通っている気もします。やはりあなたは、相当の上位存在なのでしょうね」
「あのお方たち? 壺みたいな街に住んでる、黒い身体のやつらのことか?」
「記憶を見たのですね」
「ああ、あいつらは一体なんなんだ?」
「わかりません。わたくし程度の存在には名前すら伝えられておりません。彼らは六百年ほど前のある日、突然、この大丘陵地帯に侵入してきました。
当時、生態系の頂点に立っていたのは「貯蓄族」と呼ばれる種族でしたが、彼らをやすやすと滅ぼし、全ての存在に〝税〟を課しました。反抗するものは悉く破壊されました」
貪欲様の顔の横、背後の風景に割り込むようにして別のビジョンが広がった。ゴリラのような巨体の機械生命がゴミの平野を移動している。大きな二本の前腕の先にはバカでかいキャタピラがついており、あらゆるものを踏みしだきながら驀進している。と、その機械ゴリラが、いきなりバラバラに引き裂かれた。次に現れたビジョンでは、ムカデのような機械生命がペシャンコに四散し、その次には、風船のように膨らんだ腹を持つ機械生命が破裂した。
「〝名前も知らない種族〟が税の取り立てを命じたのは、貯蓄族の次に強かった三つの種族。わたしたち輪形族と加速族、それに収集者です。その後、収集者も滅ぼされ、いまは輪形族と百眼族が担っています」
「あんたの行動は、さらに上の存在による強制ってことか?」
貪欲様が首を横に振る。
「それは違います。わたくしたちは身の程を知り、〝名前も知らない種族〟の下につくことが、もっとも生き延びやすく、子どもたちを増やせる手段だと考えたまでです。己より下位の種族から簒奪するのは当然の行為でした」
貪欲様の右半身が消えた。
損傷が限界を超え、存在を維持できなくなりつつあるのだろう。
残された左半身がいう。
「あなたの奇妙な思考様式、嫌いではありませんわ」
そして、貪欲様は消滅した。
記憶の世界が真っ白に変わる。
のっぺりとして、まったく奥行きのない無の世界。
空もないし、地面もない。自分が立っているのか、寝ているのか、浮かんでいるのかもわからない。
パニックになりかけたとき、俺の意識はロボット掃除機の身体に戻った。
間の抜けた村人は意識を取り戻して、村長オタに大目玉を喰らい、俺はおおいに感謝された。
俺が彼らの思念に相槌を打ちながら、貪欲様の最後の言葉を考えていると、マニュがいった。
〝スキャン範囲が向上したようです〟
〝なんの話だ?〟
〝貪欲様の体内で、次元転換炉の出力が上がったでしょう? あれのおかげで、スキャナーに回せるエネルギーが増え、有効範囲が伸びてます。これまではゼロ距離でなければスキャンできませんでしたが、現在は三十三センチの距離までスキャン可能です〟
〝なるほど〟
〝ですので、コレもすぐにスキャンできます〟
俺は目の前の貪欲様の遺体を見た。
〝いくら敵だったとはいえ、臨終に立ち会ったばかりの相手だぞ?〟
〝このまま残骸から離れれば、村人たちに解体されるだけです。データをとり、役立てることは、貪欲様の子供たちの未来にもつながること。彼女とて本望でしょう〟
なかなか効果的な説得だ。
マニュも俺の性格がわかってきたらしい。
その後、しばらくは何事もなく日々が過ぎた。
俺は貪欲様から得たデータの活用法を試したり、貪欲様の子供たちに、人間的な〝道徳〟を教えるなどした。
子供たちにとって、俺は母親の仇ではあるが、彼らがそれを怨みに思っている様子はなかった。貪欲様の弱肉強食は当然という哲学が染み付いているのだ。そう考えると、俺が彼らに人間的な思考様式を伝えることは、彼らがいずれ俺に怨みを抱くという結果を招くのかもしれない。
とはいえ、それはまだまだ先の話。
当面の危険は、やはり服飾族だろう。
徴税を担当していた貪欲様が消えたことが、どのように影響するのか。
十日後、新たな徴税者が村を訪れた。




