火焔式都市
「で、ここが過去世界なら、当の貪欲様はどこにいるんだ?」
すると、周囲の風景が一瞬ぼやけ、俺たちの眼前に、いきなり貪欲様が出現した。
最果て村にやってきたときの、ミミズ形態だ。いや、あのときよりも随分長い。伸び縮みしながら、俺たちの眼前を横切る姿は、三十メートル近くありそうだ。
俺は腰を抜かすところだった。ロボット掃除機の身体は信じ難いほどの強靭さがあるが、それに比べ、生身の何と頼りないことか。この貪欲様のひとなでで肉を切り裂かれ、内臓をぶちまけるだろう。
が、この光景は貪欲様の記憶、仮想現実に過ぎないことを思い出し、どうにか堪えた。
恐怖を誤魔化すようにいう。
「なんで、村に来たときより大きいんだ?」
中学生時代の妻の姿をしたマニュが、貪欲様に近づいて胴体の一部を指した。
「わたしたちの知る貪欲様はこの部分のようですね。幅はおよそ二十センチといったところでしょうか」
なるほど。貪欲族は群体機械生物だ。村で遭遇したときは群れの統率者として、〝頭〟を担当していた貪欲様も、若い頃には胴体の一部に過ぎなかったということか。
また周囲の景色がぼやけた。
マニュがいう。
「この情景変化は、記憶データの管理者によるものです。貪欲様が過去を思い出しているのでしょう」
新しい光景では、ミミズ形態の貪欲様が「ネジ」の海を横切っていた。長さ五センチほどのネジが、どこまでもどこまでも広がっている。貪欲様は、何千億個、いや、何兆個ものネジのなかを、身をくねらせながら進んでいる。
その体長は五メートルほどで、先ほどに比べると随分と短い。
分裂でもしたのだろうか。
マニュがミミズの頭部を指した。
「記憶データの管理者は、この位置に来ました」
また景色がぼやける。
今度は、大きな窪地のなかで、二匹の貪欲様が絡み合っていた。よく見ると、それぞれの貪欲様を構成するタイヤ状の個体のいくつかを互いに交換している。
「一種の生殖活動かもしれませんね。コンピュータウイルスへの対抗措置としての変異は、複数の機械生命で協力して行う方が効率がよいでしょう。それを何万年と積み重ねれば、一般的な生命体の生殖に似た形に収束してもおかしくありません」と、マニュ。
いちいち驚く俺に対して、マニュは常に冷静だ。
だが、そんな彼女も次に現れた景色には、しばし言葉を失った。
十メートルほどに成長した貪欲様が、ゴミの荒野を進んでいく。向かう先にあるのは、高さ数百メートルはあろうかという「壷」のような構造物だ。火焔式縄文土器にも似た紋様が表面を覆っている。紋様は微かに発光しているらしく、壷全体が薄暗いゴミ世界の中で不気味に浮かび上がって見えた。
俺たちは足を動かしていないが、記憶管理者の貪欲様の移動に伴って、貪欲様の隣を滑るように進んでいく。
貪欲様が、壷の下部に開いた穴から中に入ると、「街」が広がっていた。
「街」は、ショッピングモールのように中央部に吹き抜けが設けられており、階層構造がよく見える。
全体は三十から四十の層に分かれていて、それぞれの層は蜂の巣のようなハニカム格子でさらに区切られている。格子の一つ一つが部屋らしい。部屋の中には、火焔式の文様のついた球体のようなものが並んでいるのが見える。なんらかの家具だろうか。
各階層の、吹き抜けに面した通路を「住人」たちが歩いていた。
ポレポレたち同様の機械人類だが、外見は遥かに洗練されている。
まず、ちゃんとした「顔」がある。真っ白な人形めいた顔が、黒いセラミック系物質でできた身体にくっついている。
体高は百八十センチほどか。体格は針金のように細く、ダイエットしすぎのモデルのようだ。じっさい、胸元がわずかに膨らみ、足の踵にはヒール的なパーツがくっついているところから見て、ポレポレたちが家政婦系ロボットの末裔であるように、服飾系ロボットの末裔なのかもしれない。
彼らが貪欲様を見下ろす表情は、まさに虫を見つめる人間のようだ。
最下層に入った貪欲様は、フロアの中心に空いたプールのような長方形の窪みに向かって頭をのばすと、身体の中に蓄えていた資源を吐き出した。
一つ上の階層にいる服飾族(いま俺がつけた仮称だ)が音声でいう。
「次は、今回の二倍の量を持ってきてね」
貪欲様がぶるりと震えた。
〝二倍!?〟
「嫌ならいいわよ。〝徴税〟を担当したい個体や種族は多いから」
AIにゴミ世界のイメージを入力したら、なんだかよい感じの絵が出力されたので、その絵を元にイメージを膨らませて描いてみました。




