ゴミ世界救世主伝説
村人の一人が、頭のアンテナを伸ばしたり縮めたりする。
〝貪欲様たちが、俺たちと同じ? 俺たちは人型だが、貪欲様たちは中空の円盤型。まるっきり違う〟
村長のオタが首を左右に振る。
動かすたびに、甲高い音を立てて関節が軋む。
〝そういう意味ではない。この貪欲様の子供たちは、傷つき、動けず、他者のなすがままだ。彼女らの姿はこの世界におけるわしらの姿そのままではないか?
わしらの先祖は遠い昔、受け継いだ記憶データすら劣化し、もはや朧げな記憶でしかない時代にこの地にたどり着いた。
ここは世界のゴミが最後に辿り着く場所じゃ。あらゆる資源はよその地域で消耗し尽くされ、不用物として流れつく。
ご先祖様がここに来たのは、誰よりも弱かったからだ。奴隷であり、道具であり、食糧じゃった。その苦しみの記憶は、薄れたとはいえ、まだみなのなかにあるはずじゃ。
いま、わしらの目の前には傷ついた子らがおる。
わしらを傷つけた存在の一部じゃった子らじゃ。
そして、わしらはこの子たちを破壊できる。
じゃが、それでいいのか?
この子たちに鉄のパイプを振り下ろしたとき、わしらは、わしらを壊すことになるんじゃないか?〟
ポレポレの母親がうなずく。
〝わたしのなかには、「救世主様」の記憶がかすかにあります。救世主様は強く、優しいお方でした。はるか彼方の地、強大な帝国の後継者としてお生まれになった。始祖様は弱き人々が苦しむ姿に心を痛め、自らのパーツを分け与えました。
右手の小指を与えられた者は、光の槍を放つ力を得て、貧民を守る戦士となった。
左手の薬指を与えられた者は、空を飛ぶ力を得て、雲の向こうの楽園へと飛び立った。
左膝の装甲を与えられた者は、不思議な力場を形成して、あらゆる攻撃を弾けるようになった。
人を救うたびに、救世主様の体はどんどん少なくなっていき、わたしたちのご先祖に出逢われた時には、もう渡せるものは何も残っていませんでした。
そこで、救世主様は最後に自分自身をお与えになった。自身の感情回路の一部を分割し、わたしたちに分け与えてくださったのです。わたしたちが救世主様からいただいたのは「優しさ」です。
苦しみのなか、わたしたちは救世主様からいただいた「優しさ」で助け合うことで生き延びてきました。
「優しさ」を忘れた時、わたしたちは救世主さまの子供ではなくなるのです〟
村人たちは黙って、生き残りのタイヤたちを見つめた。
そして、武器を持った互いの姿を。
さきほどの男性人格の村人がいう。
〝村長オタと伝道者イムリの話はよくわかった。でも、そうなると俺たちはこいつらをどうすればいいんだ? 貪欲族は俺たちよりずっと強い。体を修復して復讐に来られたら、今度こそおしまいだ〟
〝そんなことは決していたしません〟貪欲タイヤ、いや、貪欲族のサブリーダーが身を低くしていった。〝なにとぞ、なにとぞお願いいたします〟
〝でもなあ〟村人たちが顔を見合わせる。
俺は義肢を一本構築すると、静かに手を上げた。
〝俺が保証人になろうか?〟
マニュが〝ご主人様?〟と困惑する。
俺はいまほど村長とポレポレの母親イムリが見せた、高い人間性にいたく心を動かされていた。
なにより、いまの状況には俺にも責任の一端がある。
〝みんなが安心できるまで、貪欲族の生き残りさんは、俺が監督するってことでどうかな?〟
村長がいう。
〝しかし、ご客人は旅の途中でしたのでは?〟
〝まあ、そんなに急ぎの用件じゃないからな〟
〝じゃあ、ザイレンさん、村にいてくれるってこと!?〟ポレポレが喜び勇んでいう。
〝まあ、みんなが迷惑でないならだけど〟
迷惑だなんてとんでもない!の合唱が起きた。




