機械生命と人間性
ポレポレが、不恰好な手で、俺の背中をバンバン叩く。
〝大丈夫?ザイレンさん!怪我はない!?〟
村人たちが賞賛の雨を降り注ぐ。
〝なんという強さだ! あの貪欲様を、ああも簡単に!〟
〝勇者!いや、それ以上の存在よ!〟
〝救世主だ。この方は、我らの救世主だ!〟
村長のオタが、ポレポレの横から手を伸ばし、俺の背中に触れた。
〝本当に、本当にありがとうございます〟
彼ら機械人類に涙を流す機能はないが、オタから伝わってくる念声パルスの響きには、生身の人間なら泣いているのだろうと思わせる「感じ」があった。
ポレポレの母親が、同じように手を伸ばして俺に触れる。
〝ザイレン様、心より感謝いたします〟
他の村人たちも次々に手を伸ばし、俺に触れる。
〝感謝します〟
〝ありがとうございます〟
〝救い手様〟
やがて、彼らは連呼したはじめた。
〝救い手様!救い手様!救い手様!〟
俺は、まるでスーパーヒーローだ。
少々気恥ずかしくなり、俺は〝ちょっと失礼〟というと、村人たちの足元を抜けて、輪の外へ出た。
ポレポレをはじめとした幾人かがくっついてくる。
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貪欲タイヤたちの大半は稼働を停止していた。
どうにか動ける数個体が、歪み、千切れ、ボロボロになった身体を寄せ合い、一箇所に固まっている。
損傷が大きすぎるせいか、以前のような巨大ミミズ形態は取れないらしい。
生き残りのうち、もっとも太いタイヤは先ほど仲間に逃げるよう促したサブリーダーの個体だ。彼女は、細いタイヤたちを庇うように前に出ている。
マニュがいう。
〝これだけあれば、当面の間、資源不足に困ることはなさそうですね〟
その通りだ。彼もしくは彼女のいうように、タイヤたちにトドメを刺し、その身体を引き裂き、村人たちと俺とで分け合うのが合理的な判断というものだろう。
俺は、キャタピラを動かして回り始めた。
タイヤたちが、ひときわ強く身を寄せ合う。
俺はキャタピラを減速させ、回転をゆっくり止めた。
マニュがいう。
〝いかがしました?〟
〝気が乗らないんだ〟
〝気が乗らない? ご主人様、相手はあなたとわたしを破壊しようと攻撃を仕掛けてきたのですよ? 古代地球においても敵を破壊することは、ごく当たり前の行為だったはずです〟
〝それは、そうなんだが〟
俺は車輪を回して、タイヤたちから距離をとった。
〝俺に彼らを裁く権利はない気がする〟
〝裁き?〟
俺のあとを追いかけてきた村長オタにいう。
〝彼らの処分は君たちが決めてくれ〟
オタが頷く。
村人たちはゴミ山の斜面から思い思いに鉄パイプや鉄の角材を抜き取ると、サブリーダーたちを取り囲んだ。打撃武器は原始的だが、ろくに動けないほどダメージを負った相手を倒すには十分だろう。
マニュが俺にだけいう。
〝意味がわかりません。あなたがトドメを刺しても、彼らが刺しても同じではありませんか?〟
〝同じじゃない。彼らは家族や友人を殺されてる。裁く権利はあると思う〟
正直なところ、タイヤたちが、これまで村人たちにどれほど酷いことをしてきたか、頭では理解しているつもりだ。
ただ、自身の持つ圧倒的な暴力で、いまや恐怖に震えるしかない相手を踏み躙るのは、古代地球人の倫理観を持つ俺には、どうしても難しいのだ。
他人の命を気やすく「裁ける」ほど、俺はたいした存在じゃない。
もちろん、この世界には裁判所など存在しないから、彼らを官憲に引き渡して、公正な裁きを受けさせることもできない。
結局、俺の中で、ある程度公正だろうと思えるのは、被害者である村人たちに引き渡すことしかなかった。
一歩引いたところで、俺が見守るなか、村長のオタが鉄パイプを振りかぶった。
なかなか振り下ろさない。
錆だらけの手は激しく震えている。
昔年の怨みか、身体にガタが来ているせいで、狙いが定まらないのか。
俺は外部カメラからの映像を遮断した。
数秒後、ドシャッと音が響いた。
恐る恐る映像をチェックすると、鉄パイプの先端は、サブリーダーを外れ、その手前の地面にめり込んでいた。
オタがいう。
〝このコたちは、ワシらと同じじゃ〟




