次元転換炉
貪欲様がいう。
〝あなた、あの愚か者に何か話しかけていましたね?〟
恐怖と怒りの混ざった感情が発信される。
貪欲様の電波ではない。
これはポレポレのものだ。
〝あなたたち油虫は、まだ身の程を知らないのでしょうか? 嘆かわしいことです。下位存在は、上位存在のためにのみ生を許されるのです。みなさん、その容量の少ない回路に刻み込んでおきなさい。わたしに愚かな意見を述べることは大いなる罪であると。わたしに食されず、新たな村長となる一人は、その記憶を受け継ぎ、今後増えるであろう新たな村人たちに語り継ぐのです〟
貪欲様が身体をくねらせ、俺はまたその体内でひっくり返った。
彼女の念話が届く。
〝さあさあ、みなさん。のんびりしている時間はありませんよ。わたしがこちらのバッテリーやエネルギータンクを食している間に、記憶の受け継ぎを済ませてくださいね。わたしとしても、最後に残られる方が知識不足ですと困りますので〟
村人たちの念話が錯綜する。
〝誰だ!? 誰にデータを集めればいいんだ?〟
〝強い奴、レボレボはどうだ?〟
〝ストレージが空いてる人がいいわ。一人分でも多く詰め込める人は?〟
狂乱のなか、村長であるオタの念声が響く。
〝生き残るべきは、もっとも若いものだ。ストレージの空きが多いので、他者の記憶をよりたくさん入れられるし、身体の傷みも少ないから長く活動できる。その後、一人で村を再建せねばならんのだ。重荷に耐えられる若さを持っていなくてはならなん。つまり、ポレポレが妥当だろう〟
〝あたし?〟と、ポレポレ。
しばらくの間、念話が止まり、やがて〝村長のいう通りだ〟〝彼女なら生き延びられる〟と賛同の念声が上がった。
〝母さん!〟ポレポレが小さく叫ぶ。
彼女の母親が〝かわいいわたしの娘。あなたならきっとやれるわ。村を蘇らせることができる〟
ポレポレが声にならない念を放射した。
映像としては見えないが、俺には、村人たちがポレポレの周りに集まり、彼女を抱きしめるのが目に浮かぶようだった。
さて、村人たちが愁嘆場に暮れるなか、俺はせっせと食事に励んでいた。
食べるのは、貪欲様が体内に放り込んでくるバッテリーだ。貪欲様の体内刃が回転し、ケースをズタズタに引き裂くと、エネルギーたっぷりのバッテリー液が飛び散る。
俺は刃にもまれながら、クローラーを回転させて摂取に努めていたが、やがて、身体が半ば液体に沈んでいることに気付いた。
貪欲様は喰らった物資の分解・消化にそれなりの時間を要するらしい。未消化の資源が腹の中に溜まっているのだ。
俺は、腹の底の二本のローラーブラシを全速力で回した。周囲のバッテリー液が、俺を中心に渦を巻き、水位が下がっていく。
マニュの歓喜が伝わってきた。
シリンダー虫をちまちま食べていたときからすれば、まさに桁外れのエネルギー摂取だ。
俺とマニュの思考速度が、格段に上がるのが感じられる。
彼、もしくは彼女がいう。
〝報告します。備蓄エネルギーが「次元転換炉 第二起動炉 第二補助炉」起動基準に達しました。起動シークエンス開始後十二秒で転換効率が0.04パーセント向上します〟
〝なんだそれ?〟
〝いまのは、わたしの言葉ではありません〟
〝自分でいったのに?〟
〝わたしたちが一定の条件を満たしたために、ハード内に埋め込まれていたメッセージが、わたしを通して強制開示されたようです。ともかく、謎が一つ解けましたね〟
〝どの謎だよ〟
〝わたしたちが食べた「物質」がどこに消えるか、です。お気づきでしたか? わたしたちは稼働して以降、一度も「排泄」していません〟
〝気づいていたよ。未来の掃除ロボットなんだから、ダスト容器のメンテは不要になったのかと思っていた〟
〝あいにくですが、ロボット掃除機が集めたゴミの処理問題は、わたしの生きた年代でも未解決でした。しかし、この身体は解決しています。超小型転換炉です! 大人類帝国に栄光あれ!〟
〝なんか、すごいってことはわかったよ〟
マニュが映像をよこした。
ここではない何処かの星、地平の彼方まで巨大な工場のようなものが続いている。直径数十メートルはありそうなパイプが複雑に絡み合い、煙突は激しく蒸気を吹き上げ、反重力式の起動列車のようなものが物資を載せて行き来する。恐ろしく小さな虫のようなものが、建物の外壁に組まれた足場を移動している。映像が虫に寄ると、宇宙服を着た人間だとわかった。
〝これすべてでひとつの転換炉です。炉という名前ですが、本質的な技術的意義は上位次元との物質移動にあります。帝国では、じつに3グラムもの鉄の移動を可能にしました〟
〝つまり、この身体は、ゴミを異次元に放り込んでるってことか〟
〝まあ、無粋な言い方をすればそうなりますね〟マニュが不満げにいう。〝「あちら」に送った物質は、元の物質のまま取り戻すこともできますし、純粋エネルギーに転換してもらうこともできます。ただ、わたしたちが現在使用可能な炉は、転換効率に制限があるようですね。引き続き、エネルギー効率の高い資源摂取が求められます〟
思考速度が速くなったため、ここまでの会話に、俺たちは一秒も要しなかった。
貪欲様の念声が響いた。
〝それでは、どなたからいただきましょうか〟
〝村長!〟〝オタ!〟村人たちの声が届く。
オタが自分から食べろと進みでたらしい。
貪欲様が体を動かし、体内が激しく揺れる。
俺は手に入れたエネルギーの一部を使って、武器を構築した。




