異世界ピノキオ
〝この村の住民は虫なんかじゃない。心ある人だ〟
俺は全速力で車輪を回したが、お掃除ロボットなのでゆるゆるとした動きだ。
ポレポレが〝ザイレンさん!〟と立ち上がる。
貪欲様が、人が首を曲げるように、上方に伸ばしていた身体の先端部をぐにゃりと曲げた。
〝あなたがたのお友達かしら? 見た目は少し違うけど、あなた方と同じくらい愚かしい存在ですね〟
〝この村の人たちは、愚かじゃない〟
〝わたしは、虫ごときと問答するつもりなんてないのだけれど、食べられるために出てきた献身性を評価して教えてあげましょう。存在に価値を与えるのは、心などではなく、身体の大きさと、それに支えられる高い知能です〟
〝この弱肉強食の機械世界らしい哲学ですね〟マニュがこっそりいう。〝頭脳回路は回すほどに電力を消耗し、寿命も短くなります。この世界の機械生命の個体が「賢さ」を求めるなら、大電力を生み出し、資源獲得競争に有利な大きな体を持つものが有利です〟
〝デカいほどエラいと〟
〝同じ枠組みの回路に限定された話ではありますが。回路は、真空管方式、半導体方式、量子重ね合わせ方式、次元廻廊方式と進化してきました。各段階で、計算力は文字通り桁違いに増強されます。大人類帝国が実用試験を行なっていた次元廻廊方式の頭脳回路は、林檎一つほどの大きさながら、三次元世界のすべてを計算し尽くすとまでいわれていました〟
〝あなた、わたしの話を聞いているのですか?〟貪欲様が苛立った口調でいう。なるほど、俺とマニュの会話は実時間にして0.5秒ほどのものだったはずだが、貪欲様は自分で言うだけあって、計算力があるらしい。ポレポレたちより、ずっとせっかちだ。
俺は義肢で身体の天板をかいた。
〝聞いてるよ。はっきりいって、あんたの話には賛同できない。悪魔のように体が強くても、神のように頭がよくても、心がなくちゃ意味はない〟
俺はようやく、貪欲様の目の前にたどり着いた。
相手との距離はおよそ三メートル。
〝そして、俺は、人の心はまだ持ってるつもりだ。だから、あんた相手であっても忠告する。いますぐに立ち去れば、あんたも俺も、互いに損傷を受けずに済む。真剣に考えてくれ〟
〝まったく。あなたのような虫ケラに情けをちょうだいしてしまうなんて。わたしにとって、これ以上の侮辱はありませんわ〟
貪欲様はそういうと、口を広げ、真上から俺に喰らい付いた。
貪欲様の口内にびっしりと生えた「歯」が蠕動し、俺の身体を体内奥くへ送り込む。体内に四メートルほど飲み込まれたところで、移動は止まった。
マニュが俺の身体の表面に埋め込まれたライトを点灯すると、周囲は依然「歯」に覆われていた。
その歯が洗濯機のドラムのように回転を始める。
身体に後付けした義肢があっというまにへし折れ、ちぎれ飛ぶ。俺は何度も歯に弾き飛ばされ、上下左右にものすごい勢いで回った。人間だったなら、たちまち嘔吐していたろう。
歯は、義肢を破壊したそのままの勢いで俺の身体本体を切り裂こうとしたが、俺の身体は超物質製だ。何十本もの歯が異音と共に粉々に砕け散った。
貪欲様は、自分の体内ことを気にしていないのか、〝あなたたち、いまの愚か者はなんだったのですか?〟と村人たちを問いただしていた。
音声ではなく思考通信ゆえに、電波がわずかでも届くなら、たとえ貪欲様の体内であろうと聞こえるのだ。