悪魔は西からやってくる
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悪魔は西からやってきた。
(ただし、朝方、空がまずぼんやりと明るくなる方向が東ならの話だ。この世界の極の位置が分からないので、じっさいは北や南かもしれない)
早朝から狩りに出ていた村人の一人が、何度も転びながらゴミ丘の山道を駆け降りてきて、半鐘がわりの金属パイプを叩き、最大限の電波出力で〝いらしたぞ!いらしたぞ!〟と叫んだ。
村は大騒ぎになった。
誰もが休眠状態から即座に稼働し、この日のために溜め込んでおいたバッテリーや「ティッシュ箱」の小型エネルギータンクを村中央の広場に積み上げた。農夫たちは軒先に入れていたシリンダー虫の壺を運んでくる。
狂乱のなか、村長のオタは俺を見つけ、悲嘆の思念をもらした。
〝ポレポレ! なぜ客人がまだここにいる!? 貪欲様がいつくるか分からないから、昨晩のうちに離れていただくよういっておいたろう!〟
俺は義肢を一本あげた。
〝彼女のせいじゃない。俺が希望して残ったんだ〟
オタは俺にそのあとをいわせなかった。
彼はしゃがんで俺を抱えると、自分の家まで駆けた。俺を窓の軒下に置いて、窓と壁の一部を鉄の拳骨で破壊する。そして、それらの廃材を俺の上にかぶせた。
〝ご客人!よいですか?決して動いてはなりませんぞ?貪欲様は村長のわしが誰よりも積極的にエネルギーを出すのを知っとりますから、運が良ければ我が家には近づいてこないはずです。こうなった以上、決して逃げてはなりません。貪欲さまから逃げ切れるものなどいないのですから〟
ひとまず大人しく従うことにした。
瓦礫の下から、村人たちの動きを見つめる。
彼らは一通りの物資を積み終えると、その脇に整列した。
村長のオタや、ポレポレの母親など、年長の個体が前に立ち、年少の者を後ろに回している。ポレポレの頭のアンテナはすっかり縮んでいた。
空は、この世界にしては驚くほど晴れている。ずっとずっと遠く、高さ五千メートル級のゴミ山の山肌の一部が崩れ、しばらくしてからドドドと崩壊音が届いた。
〝崖崩れかな?〟
俺の思念にマニュが答える。
〝どちらかというと、雪崩の方が近いでしょう。重なったゴミは土よりも雪の方が性質が近いかと〟
ゴミ雪崩の音が不規則に続くなか、何か巨大なものが引きずられる音が加わった。横転した事故車が、アスファルトに擦りおろされる音という方が近いだろうか。
ポレポレたちが身を固くする。
村に降ってくる道は、ゴミの丘の稜線の向こうに消えている。その稜線に、煙突のようなものが現れた。高さ三メートル、直径一メートルほどか。初めは円柱のような直線的な形状だったが、コンニャクのように右に左にぐにゃぐにゃ曲がる。
煙突が地面に倒れると、俺のいるところにまで地響きが伝わってきた。
煙突は蛇のように身をくねらせながら、稜線の向こうに隠れていた部分を、どんどんこちら側に送り込んでくる。
最終的に、煙突の長さは十メートルを超えるまでになった。くねり、伸び縮みしながら、道を降り、村の広場に入ると、なめらかな動きでとぐろを巻く。
怪物の表面は、折り重なった金属の板でできており、身動きするたびにギラギラ輝く。頭からお尻まではすべて同じ太さで、先端らしき場所にはポッカリと暗い穴があいていた。穴の内側には、強化セラミックらしき色合いの「歯」が同心円状に並んでいる。
巨大な金属のミミズ。
それが貪欲様だった。
俺の頭のなかに、大出力の電波――思念音声――が響いた。
いた。
〝平伏しなさい、矮小かつ哀れな油虫たちよ〟
村人たちが一斉に膝を曲げ、ゴミを突き固めた地面に両手をつく。
村長のオタがいう。
〝村主様におかれましては、息災健勝のことお慶び申し上げます〟
〝息災を慶ぶ?〟思念言語ゆえに、冷笑がはっきりと感じられた。〝油虫よ。お前のような世界の底に生きる存在に言葉など求めないわ。お前たちは、ただ這いつくばり、上位存在のために資源を集めればよいのよ〟
〝はい、村主様〟オタは言い返すこともなく、額を地面に擦り付ける。
貪欲様が淡々という。
〝油虫よ。今日の私は格別に資源が必要です。エネルギーは68、高度計算チップは18以上用意なさい〟
村人たちが身を震わせた。
オタがさらに頭をこすりつける。
〝恐れ多くも村主様。ここに揃えましたのは前回のご訪問以降に集めた全てです。それでも、エネルギーは42、高度チップは4しかございません〟
〝なるほど。では、不足分はいつも通り、お前たちの体から回収するとしましょう〟
オタが悲痛な言葉を叫ぶ。
〝村主様! 村には15人しかおりません! そのうち14人分のチップを回収なさるというのですか!?〟
〝一人残れば、お前たち油虫はまた増えるではありませんか〟
〝しかし、たった一人のチップに、村主様に食べられるものたちが受け継いできた記憶を詰めることはできません!〟
〝油虫の先祖の記憶など、わたしには何の関係もありません。お前たちは基礎エネルギー蟲を食すとき、蟲の記憶のことなど気にしないでしょう? それと同じことなのですよ〟
〝同じじゃない。この人たちには人の心がある〟
俺は最大限の強さで、言葉を発信した。
貪欲様が口のついた先端を持ち上げて、辺りを睥睨する。
〝どなた?〟
俺は車輪を回転させると、瓦礫のなかから這い出した。




