ルンバの娘
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黒雲に覆われた空の下、俺はポレポレを追った。
遠く雷鳴が鳴り響き、時折、紫色の稲光が竜のように天をよぎる。
夜が近づいているせいか、あたりは随分と暗い。
マニュが辺り一帯を視覚的に捜査する。
農夫たちは雨に備えて、鉄板畑のシリンダー虫を大慌てで壺に移している。
狩人たちは、今日の獲物を手に、ゴミ山の斜面を降りてくる。
ポレポレは、斜面から庇のように突き出した鉄骨の集まりの下に潜り込んでいた。
車輪ではあそこまでいけない。俺は義肢を伸ばすと、鉄の蜘蛛となって移動した。ポレポレの隣に静かに腰を下ろす。いや、腰はないので身体を置いたというべきか。
ポレポレは何もいわない。
俺も黙っている。
やがて雨が降り始めた。
酸性雨がスクラップのなかの金属を溶かし、もうもうとした白煙が立ち込める。
雨の滴が鉄骨の隙間から入り込み、俺とポレポレに降り注ぐ。俺はポレポレを守るべく、覆いかぶさらんとしたところで、彼女から一筋の煙も出ていないことに気づいた。
〝平気なのか?〟
俺の問いに彼女がうなずく。
〝「黒い池」の油を塗ってるから〟
マニュが俺だけにいう。
〝村人の身体を覆う黒い汚れは、酸化防止用の塗布剤ということなのでしょう。たしかに、そういうものがなければ、この世界ではあっという間に身体が朽ちてしまうでしょう〟
俺はポレポレの手に義肢を重ねた。
〝戻ろう。お袋さんが心配してるはずだ〟
ポレポレがモソモソとした思念でいう。
〝怒ってるよきっと〟
〝そんなことはないさ。俺も親だからわかる。君が憤ったのはお袋さんのためだろう? お袋さんが怒るはずない〟
〝親? ザイレンにも子供がいるの!?〟
〝君にそっくりな女の子だ〟
〝あたしにそっくり? ザイレンは平べったいのに、子どもは人型なの?〟
俺は苦笑した。
〝まあ、いろいろあってね。ともかく、親ってのは常に子供のことをいちばんに考えるもんだ。自分よりも子供優先なんだ。だから、あんまり心配かけちゃいけない〟
〝わかってるよ。でも、子供だって、親のことがいちばんなんだよ〟
俺は胸を突かれた。
はるか過去世界に残してきた麻里子のことが、心を締め付ける。
ポレポレがいう。
〝あたし、みんなに頼んでみようと思うんだ〟
〝なにをだい?〟
〝みんなの部品を頂戴って〟
〝馬鹿なことをいうな。君が「勇者」になったところで、どうなるもんじゃない〟
〝じゃあ、どうしろっていうの?〟
〝ともかく、大人にまかせておけ〟
〝ザイレンに? ひっくり返って、あたしに助けられたくらいなのに? 無理無理、食べられちゃうよ。いい? ザイレンは貪欲様がくる前に村を出なきゃダメだよ。〟
〝じつに正確な分析かと思います〟マニュが俺の頭の中でいう。〝わたしたちにはエネルギーがありません。武器になるのは、義肢と「ティッシュ箱」からスキャンした極小レーザー、糸虫からスキャンしたナノマテリアルケーブルですが、エネルギーがないとまともに構築することもできません〟
〝武器はもう一つあるだろ?〟
マニュが俺の思考を読んで、〝正気とは思えません。しかし、合理的です〟とつぶやいた。
三日後、俺は村のど真ん中の広場で、巨体の貪欲様と対峙していた。




