貪欲様
「食事」が終わったところで、母親がバッテリーケースを片付けながらいった。
〝それで、ザイレンさんはどこを目指して旅をなさっているんですか?〟
〝地球、俺の故郷です〟
母親から困惑の念が伝わってきた。ポレポレ同様に地球という単語を聞いたことがないのだろう。
〝ずっとずっと遠くにある場所なんです〟
〝まあ、それはたいへんですねえ。よろしければ、我が家でしばらく静養されてはいかがですか? お身体をメンテナンスして、万全の体調になったところで出発されては〟
〝うん! それがいいよ! あと十日間は「上の方々」も来ないし〟と、ポレポレ。
母親がうなずく。
〝遠慮なさらないでください。わたしたちにとって、お客さまをもてなすのは心からの喜びですから〟
彼女らの先祖が家政婦ロボットかもしれないという推測は、案外大当たりなのかもしれない。豊かな生活とはとても思えないのに、信じられないほどの献身性だ。
俺はありがたく申し出を受けることにした。この世界の情報を仕入れたかったし、なにより、ポレポレの母親のチップ問題を解決するには時間が必要だ。
片付けが終わると、母親は椅子に座り「それじゃあ、わたしは先に失礼しますね」といった。彼女の三つのカメラアイから光が消える。休眠モードにはいったらしい。
ポレポレが悲しげに言う。
〝チップの調子が悪いせいで、ハードディスクも傷んでるんだ。少し情報が溜まるたびに、時間をかけてクリーンアップしないといけないんだよ〟
〝たいへんだな。そのチップやハードディスクだが、君もお母さんも、スクラップから作られたという話だったな。そんな高度な電子部品が簡単に見つかるものなのかい?〟
〝まさか! たとえば、頭脳に使えるほどのチップは、あたしたちが一生漁り続けて、一つか二つ見つけるのがやっとだよ。うちの村の個体数は十五だけど、あたしが生まれて七年、ずっと十五のまま。ハードディスクも滅多に出てこないし、たまに見つかっても没収されちゃうんだ〟
〝村! いや、そこはいいか。誰に奪われるんだ?〟
〝「貪欲」様〟
マニュは翻訳のさい、古代地球語のなかで、もっとも近い意味を持つ単語を当てはめる。それが「貪欲」とは。人のいいポレポレにそうまでいわせるとは、よほどの強欲者なのだろう。
〝そいつがさっきいってた「上の方々」か。村の住人なのかい?〟
〝ううん。貪欲様がどこに住んでるかは、誰も知らないんだ。三十日から四十日おきに、ご家族といっしょにやってきて、あたしたちが見つけたもの、育てたものを全部食べちゃうの。もし、貪欲様が満足するだけのものを用意できなかったときは、村の人が食べられちゃうんだ〟
〝怪獣みたいなやつだな〟
〝カイジュー?〟
〝化け物って意味だよ〟
エネルギーとパーツを喰らう、か。
マニュが、俺にだけ伝わるようにいった。
〝ご主人様。わたくしは反対です〟
〝まだ何もいってないぜ〟
〝前にもいいましたが、CPUを共有しているのですから、ご主人様の考えは言語レベルにまで具現化されていなくとも、だいたいは伝わります。この母娘のために、「貪欲」様を破壊し、電子部品を回収なさるおつもりでしょう?
ご主人様は、さきほど地球に帰るという目標を設定なさったばかりではありませんか。目標を達成するためには、余計な危険は冒すべきではありません〟
〝マニュ、それは合理的で論理的だけど、人間的じゃない。俺はこうしてロボット掃除機になっちまったけど、心はまだ人なんだ。人は人を救うものなんだよ。とくに、それだけの力があるなら〟
俺はポレポレの顔を眺めた。ひび割れたカメラのモノアイに、頭から突き出したアンテナ類。金属の皮膚、いや装甲は錆つき、ドス黒いオイルに塗れている。正直、人間とはかけ離れた外見だ。それでも、このコのなかには人間的な優しさがある。
ポレポレが居心地悪そうに身を縮めた。伸びていたアンテナの一本がシュルシュルと引っ込む。
〝あんまり観察しないでよ。自分でもわかってるからさ。見栄えも性能もよくないってことは。せめて手足くらいは同じ規格にしたいんだけど、なかなかパーツが見つからないんだ〟
〝人の価値を決めるのは、見栄えや性能じゃないさ〟
〝母さんもいつもそういうよ。おもてなしの心がけが大事だって。でも、もう少し見た目が良い方が、おもてなしされる人だって嬉しいと思っちゃうんだ〟
見た目、か。
俺が思案していると、またマニュが心を読んでいった。
〝ご主人様。わたしは反対です。「そんなこと」のためにエネルギーを使うのは無意味です〟
〝いったろ? 俺には無意味じゃないんだ。それに「貪欲」様を倒して、十分なエネルギーが手に入ったらの話さ。そのためにも、しっかり準備しないとな〟
〝ほんとに戦う気なんですか!? わたしたちは掃除機なんですよ!?〟
〝超物質でできていて、物質構築機を備えて、銀河帝国随一のマニュアルAIを備えた掃除機だろ?〟
マニュが気を良くするのが感じられた。




