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海の青より、空の青  作者: 青空野光
第三章 中学一年
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やっていいこと、わるいこと

 何時間か振りにリカーショップコジマへと戻ってきた頃には、西の空はすっかりと茜色に染まり、東の空は青褐(あおかち)色の帳が徐々に下りつつあった。

 何度も振り返って手を振り去りゆく彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、小さく息を吐いてから自身も(ねぐら)へ戻るために歩き出す。

 往路では太陽の怨嗟(えんさ)に晒され続け進んだ道程だったが、あれからたった四時間が経っただけなのに、すっかりと夜の散歩に最適な環境へと変貌していた。

 それは緑の多いこの地域だからこそなのだろう。

 たまに横を通り過ぎて行く車のヘッドライトの明るさを心強く思いながら、駆け足になる寸前の速度を維持しながら家路を急ぐ。

 彼女はもう家に着いただろうか。

 今になって思えば家まで送っていくべきだったのかもしれない。

 そうすればもう幾らかの時間は彼女と一緒にいられたのに。

 昨日の夕方に出会ったばかりの、まだたった二度しか会っていない彼女に、僕は恋をしてしまっていた。

『お前は本当に単純な男だな』

 心の中の夏生Bが呆れ顔でそう言い放った。


 家に着くと同時に、行き先も告げずにほっつき歩いていたことを母に叱られ、祖母には心配を掛け、伯母には「夏生ちゃんらしいわ」と笑われた。

 結局、今夜の晩ごはんの献立は唐揚げに決まったらしかった。

 大皿に盛られたレタスのその上に積み上げられた手羽中の唐揚げが、まるで難攻不落の山城のような威容(いよう)でそびえ立っている。

「おばさん揚げ物が好きだから、つい作りすぎちゃった」

 そう言って舌を出した伯母はなぜか少し得意げで、その表情と仕草に遠く長野県で合宿に勤しむ従姉の面影を感じた。

 伯母の唐揚げは、うちの母のそれと味付けこそよく似ていたが、揚げる時間が少し長いのか衣の色が濃く、食感もカリカリとしている。

「おばさん、これすごく美味しい」

 伯母に最小限の文字量で最大限の賛辞を送る。

「ありがとう夏生ちゃん。あなた本当に素直で可愛いわ。はやく明日那のとこ来てくれればいいのに」

「はいはい。そういえばお父さんとおじさんは明日の夜来るんだっけ?」

 今年は二人共仕事の都合でまだこちらには来ておらず、少し遅れてやってくるということだけは母から聞いていた。

「そうみたいよ。うちのお父さんは仕事っていってもゴルフだけどね」

 母は呆れ顔でそう言いながら、大皿の上の唐揚げを箸で一突きにする。

 父曰く『ゴルフも仕事の内』だそうなのだが、遠足を翌日に控えた子供のようにニコニコ顔でゴルフクラブを磨きながらそう言っていたのを思い出し、母が唐揚げに八つ当たりする気持ちもわからなくない気がした。


 晩ごはんのあと一息ついてから、毎年恒例の墓参りへと向かった。

 去年までは八人と大所帯だった分、わずか半分の四人で行われる今年のそれは、人数の減少分以上に寂く感じる。

 例年よりも少し遅い時間だったせいもあり、他家の墓参者は随分と疎らだった。

 あっちゃんが居ない分、僕ひとりで多めに墓石に水を掛け、線香も数本多くあげる。

 ひとしきり墓に手を合わせると、祖母たちは寺の本堂にある寺位牌に用事があると言うので、僕は僕で夜店を見て回るために一旦別行動を取ることとなった。


 毎年必ず買うようにしているりんご飴を入手し、急ぎ足で墓地へと戻ってくる。

 その目的はといえば、この墓地の最奥の区画にある石田家の墓石に刻まれているであろう、遠く昔の日に海で命を落とした『あの子』の名前を知るためだ。

 そんなことをする意味は何かと問われると答えようがないのだが、二年前の夏にあっちゃんにあの話を聞いた時から、僕の心の奥底にはずっと会ったこともない『あの子』の姿があった。

 うちの大人たちであれば何かを知っているのかもしれないが、祖父のことで大変な今、そんな馬鹿なことを聞くことなど出来ない。

 僕が彼女について知り得る方法は、この墓地にある石田家の墓所の他にはなかったのだ。


 空に浮かぶ月は半月よりもわずかに大きいくらいだが、真っ暗な墓地で足元を照らしてくれるだけの照度は確保されていた。

 正直にいえば恐怖心はあった。

 だがそれを上回る明確な目標意識に、僕は墓の間の通路を奥へと向かい足早に進む。

 墓地のどん詰まりにある一際大きな墓の前まで来ると、辺りに人が居ないことを確認してから、墓参用具(おまいりセット)の入ったビニール袋からライターを取り出し墓石の裏側をそっと照らした。

 そこには鬼籍に入った石田家の人々の没年と名が刻まれており、その中から僕の知りたかった人物の名前を探し当てる。


 昭和四十年八月二十日 十歳 没


 そこに刻まれていた名前は――当然といえば当然だが――全く知らない女の子のものだった。

 それを見た瞬間、愚かな好奇心のために不幸な最期を遂げた見も知らぬ故人の安寧を妨げていることに、ここにきてようやく気づいた。

 袋から線香を取り出して火を点けると手を合わせ、己の無礼を侘びると同時に彼女の冥福を心から祈る。

 その時、突如として一陣の風が墓地を吹き抜けると、まわりの墓に立て掛けられた卒塔婆が一斉にガチャガチャと大きな音を立て始めた。

 それはまるで安らかに眠っていた死者たちが、僕の愚かしい行為を咎めているかのようだった。

 逃げるようにして墓地の入口まで戻ると、ちょうど祖母たちが向こうからやってくるのが見えた。

 母は僕の顔を見ると怪訝な顔をし、「あんた、顔真っ青だだけどどうしたの?」と尋ねてくる。

 嘘をつくことを何よりも嫌う僕ではあったが、流石にいま自分がしてきたことを話すことはできずに、ただ一言「なんでもない」とだけ口にすると急ぎ足で帰路についた。


 その夜、僕は夢を見た。

 内容はまったく覚えていなかったが、あまり良い夢でなかったのだけは間違いなかった。

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