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002 実家へと逃げ帰った僕

気だるげな朝、カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。

Sランクパーティー『黎明の誓い』から追放され、僕は久々に実家に帰っていた。


パーティーを追放されたという事は冒険者としては致命的だ。冒険者は信頼が第一。追放されるような素行の悪い奴には誰も仕事を任せてくれない。冒険者ギルドでもブラックリストに名前が載るし、冒険者としての未来を断たれたといっても過言ではない。

僕は違うが、追放とは殺人や窃盗、強姦や隠ぺいなど、人間としてやってはいけないことをした者たちが喰らうものだ。

他の冒険者からは蔑まされるし、ギルドからも真っ当な仕事を斡旋してもらえない。それで盗賊などに堕ちて犯罪者になられては困るので冒険者の資格までは剥奪されないのだが雑用同然の仕事や誰もやりたくないような汚れ仕事を押し付けられる。

行く先のない奴はそれでも冒険者を続けるが、大抵の場合は冒険者を止めて傭兵になったり他の仕事に就く者が多い。

何せ、冒険者ギルドというのは国に縛られず独自のネットワークを持って大陸全土に広がっている組織である。ここで問題を起こしたから遠い別の町でやり直すということが出来ないのだ。


「はあ……」


それゆえ僕も一人暮らしを辞めて実家に帰って来た。冒険者を続けないのなら家業を継ぐのも悪くない。僕は一人っ子だし、元々冒険者として芽が出なかった時は家業を継ぐように父さんと約束していた。

だけど追放されたことは秘密にしておくつもりだ。人の口には戸が立てられないと言うし、いずれバレるだろうが、恥ずかしいしまだ自由でいたい気持ちもあった。

僕は一旦冒険者生活を離れ、充電期間として長めの休暇を取ったということにしておいた。


コンコン


そこに扉をノックする音が一つ。


「シルベルト様、起きていますか?」


「おはよう、カノン。良い朝だね」


「おはようございますっ、シルベルト様ぁ~」


部屋に入って来たのは使用人のカノン。メイド姿に身を包み、ほんわかした猫耳の獣人だ。ベッドの上で体を起こしている僕に抱きつくと体を擦りつけて僕の匂いを嗅いでくる。

カノンと会うのも久しぶりだ。以前は僕の身の回りの世話をしてもらっていたが幼かった体つきも今では女性のそれになっている。非常に柔らかい。


「お戻りになられたんですね。カノンは寂しかったです」


ぎゅうぎゅうと抱きしめるカノン。僕は朝に訪れる男性特有の生理現象を隠しながらポンポンと頭を撫でてやった。


獣人など、ドワーフやエルフなんかも亜人種と呼ばれている。この国は人間至上主義だが、僕の知る限りでは目立った差別などはなく亜人でも店を出したり、冒険者をしている者もいる。


カノンは猫の獣人だが獣人の種類は多岐にわたる。猫獣人だけでもミケ種やアメショ種、トラ種にマンチカ種など種類が多いし、犬獣人やアルパカ獣人などもいる。


「ううぅ、シルベルトさまぁ」


すっかり甘えモードのカノンだが、起こしに来てくれたという事はそろそろ朝食の時間だろう。用意しなくては。



「おはようございます」


「おお、シルベルト。こうして朝餉を共にするのも久しぶりだのう」


「はい、父さん。お元気そうでなによりです」


朝の挨拶を交わしてテーブルにつく。食卓には僕と父さんの二人しかいないのだが無駄に長いテーブルの端と端で朝食を食べる。距離的な問題もあるが、食事は寡黙に食べるのがこの家のマナーだ。話したいこともあるがそれは食後のコーヒーの時にでも話すとしよう。

今は朝食だ、メニューはとてもシンプル。焼き立ての温かい白パンにローストビーフとスクランブルエッグ。深みのあるスープに生ハムをまいたメロン。

側に控えている給仕からグラスに水を注いでもらうと、僕は久しぶりの実家の朝食を楽しんだ。


そしてコーヒーの時間。


「どうだシルベルト、最近の調子は?」


「んー、可もなく不可もなくといったところだよ。良いこともあれば悪いことだってあるし、でも人生経験としては充実したものだよ」


「そうか、お前はまだ若いからな。冒険者なんぞと許してはいるが家の名に恥じぬような行動を心がけるのだぞ」


「勿論です。貴族として、アグノニス家の長男としてその名に恥じぬよう邁進してまいります」


そう、僕の父は王都でも有名な貴族、オルトロ・フォン・アグノニス。


そして僕はアグノニス伯爵家の長男、シルベルト・フォン・アグノニスだ。


貴族の中には正体を隠して冒険者をしている者が結構いる。僕もそんな一人だ。身分を隠して平民に紛れるのは楽しいものだった。

伯爵でありながらも、そこに寛容な父は僕という人間を成長させる名目で自由を許してくれた。一人っ子でそんなことは普通許されなことだが、亡くなった母との約束で父は他の貴族とは良い意味で違っていた。

僕の母は亡くなっている。貴族が跡取りを複数用意していないことはあり得ないことだが、後妻を取ったり、愛人に子供を産ませるといったことはしていないようだ。それも家を潰さないために貴族として必要な事だが母を愛するあまり、父は今でも独り身でいる。

『遊び相手』はいそうだが、僕としては男として元気なうちに弟か妹でもできてほしいものだ。


父は忙しく、少し話しただけで終わった。僕は今日から何をしようか…。

貴族社会に戻るのはまだ先でいい。思い浮かぶ事と言ったら黎明の誓いでの日々ばかりだ。


思い出すと今でも悔しい。昨日の今日で忘れることもできないし、どうにかして見返してやりたい。

今の僕は貴族の立場にいる。貴族のパワーで嫌がらせをしてやることは容易だが、それではアグノニス家を貶める事になる。

思い返せばSランクになる今まで、色々と援助してきた。

宝くじに当たったと嘘を付いて、資金に困っていた時はお金を持って来たし、僕の正体を知っている武器屋や道具屋なんかはこっそりと値引きしてくれていた。

実家から仕送りが来たと嘘を付いては、万年金欠と言われている冒険者では高くて食べられないような贅沢品もよく口にできていたし、信頼が必要だったり、条件が厳しいクエストでも貴族である僕がいるからということで優先的に受けることが出来ていた。

流石にギルドでは貴族が紛れていることは把握していたし、何かと優遇されていた。そのことにアイスたちは気が付いていただろうか?

Sランクに駆け上がっていけたのも僕がいたから効率的に良いクエストを受け続けられたからだ。確かに実力はある。しかし、ある意味では甘やかされ続けてきたのだ。僕を追放したことでアイスたちは満足したみたいだがこれからどうなることやら。


心配だ。

僕は暗い笑みを浮かべながら、かつての仲間を心配した。


「あえて困難を与えてSランクを名乗るに相応しいのか、僕が見定めなくては」


そうと決まれば善は急げというやつだ。僕は部屋に戻って準備を始めた。

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