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見知らぬ君、変わらない日常。  作者: 習作ちゃん
二章 『俺は君を知らない』
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第九話

「……っ! 起きろ優っ!」


 誰かに肩をガクガク揺さぶられて目を覚ました。

 そういえばこんな事、前にもあったような気がする。何かひどい目にあった気がするけど一体何が――


「……っ! 死ぬなぁーーーーーッ!」


「痛ってえええええええええ!?!?」


 パアン、という乾いた音と共に俺の顔面を衝撃が襲った。

 衝撃に俺が横たわっていたソファから転げ落ちる。慌てて起き上がろうとして机の天板に頭を(したた)かにぶつけ、揺れた机の上から飲みかけのメロンソーダが俺の頭にこれでもかとばかりに降り注いだ。


「っ……つう……! だからっ! しぬっつぅーーーの! お前のせいで!」


 起き上がりざま、賢治の頬を張り飛ばした。前回と今回の分の仕返しだ。頭はベタベタするし垂れてきた液の甘さが切れた口に沁みるが若干スッキリした。


 先程まであんな空間にいたとも思えないくらい胸の内は透き通った気分で、まるで憑き物が落ちたみたいな心地がした。実際憑き物が落ちたんだけど。


「くっそてんめっ、人が心配してやってるっちゅーにこの!」


 と、起き上がった賢治にのしかかられて頬をつねられた。男にのしかかられても微塵も嬉しくない。

 そんなチビを押しのけて辺りを見回すとなにやら俺と賢治以外の人間の喋り声が聞こえた。どうやらまだ俺はカラオケルーム内にいたらしい。曲の予約されていない画面はどこかの歌手が自身のニューアルバムを宣伝する様子ばかり映し出していた。


 廊下では流行のアイドル歌手の新曲が流れている。どうやらちゃんと現実のカラオケ店に戻ってこれた様だ。服についた埃を払い落としながら俺が立ち上がると久々に運動した後みたいに全身の関節がミシミシ痛んだ。


「あー。俺、どんぐらい倒れてた?」


「ざっと十分ぐらい?」


 賢治は何でも無さそうに答えた。


「十分か……体感時間と随分違うんだな」


 俺の体感では2、30分は寝ていた気がする。寝ていたというか追いかけられていたというかなんともいえないところだが。


「俺、なにしてたんだっけ?」


 確かトイレに行った所までは普段と変わらない様子だったが、トイレから出るや否や世界は一変してしまっていた。アレは夢だったのかそれとも……いや、幽霊なんてモノが存在する以上あの世界も存在していたと考えるのが合っているだろうと俺は思うが。


「お前、トイレで倒れてたんだよ。瑞葉ちゃんがお前の事引きずってここまで連れてきてくれたんだぞ」


「あーやっぱトイレだったか……。ん、あれ? そういえばその瑞葉はどこいった?」


 見渡せど見渡せど瑞葉はそこに居なかった。先程まであんなに元気にしていたのに。


「俺には瑞葉ちゃん見えんからどこ行ったのかは何とも分からん。けど少なくとも瑞葉ちゃんの気配はしないし声も聞こえないからどっか行ってんじゃねえの?」


 どっかいったってまさかアレだけ意味深な事を言っておいて成仏したワケじゃあるまいし何処に消えたのやら。

 夢の世界の中で妙な事を口走っていたのも気になる。何か俺も変なテンションになって変な事を口走ってしまっていた感は否めないが。


「おーい瑞葉。瑞葉どこだ―」


 と俺が呼びかけると俺の背中に急に重さがかかった。

 どうやら背中にしがみついた状態で出現したらしい。便利な事が出来るヤツだ。


「おう、いたんかソコに。もう時間終わるけどどうするよこれから」


 賢治が聞くと瑞葉はフルフルと首を力なく横に振るった。どうやら相当疲れているらしく心なしか身体の透過率も上がっている気がする。反面俺は気絶だったとはいえ最近不足していた睡眠を取れたお陰か随分調子がいい。


「や、今日はもういいや……疲れちゃった」


「そうか。じゃあもう帰ろうぜ賢治」


 と、言いつつ俺が伝票を取って財布を取り出すと、唐突に賢治が俺の方を向いて合掌し、腰を深く直角に折り曲げる様な体勢をとった。


「おい、何のつもりだ」


「ごちそうさまでした!」


 ――結局、カラオケの代金は俺一人持ちになった。

 ここいらの店は値段設定若干高めに作られていて財布には結構なダメージだった。


 まぁ瑞葉の分抜きの二人分だからいいんだけど。

 ……いや、でも財布に輝いていた福沢さんが分解されてしまった。やっぱり良くはない。許すまじ賢治。





「……と、言うワケで僕もいよいよ決め台詞的なのが必要だと思うんです。ええ。」


 翌日。クーラーの効いた居間でいつぞやの疲れた様子はどこへやら瑞葉は得意げに指を一本立てる。

 ……色が二重三重にブレる様に見えて目を上手く開けていられない。ドクドクとこめかみの血管をこねくり回される様な片頭痛に苦しめられていた俺はそんな瑞葉の元気さにさらに元気を奪われた様な気がした。


「えぇ……なんだって急にそんな」


「いやだってホラ、僕ってば優君についていた幽霊祓ってあげたじゃん。こう、どひゅーんと」


 どひゅーんというよりはズキュウウゥンだった気がするけど。そこに痺れる憧れる感じだった気もするが。


「……まぁ、祓ってくれたっていうのは別に否定しないけど」


「そこでだよ。そ、こ、で!」


 そう食い気味に言うと瑞葉は勿体ぶって俺に顔をずいと近づける。

 随分興奮した様子だ。深紅の目と同じぐらいに顔を赤くして鼻息荒くしている。


「僕も幽霊を祓う時の決め台詞が欲しいんだよねっ!」


「……いる? そんなゲームじゃあるまいし」


「いるに決まってるじゃんよっ! 『方位、定礎、〇、滅!』とか『去れよゴースト、バ〇ッシュだ』とかさぁ!」


 幽霊|(妖も混ざってるが)が言うにしてはかなりギリギリのネタだ。色々大丈夫なのかそれは。


「いや、言わんとすることはわかるが……んなくだらんこと喋ってる暇があったら図書館に行きたいんだけど俺」


 今はそもそも外出できる様な体調じゃないけど。

 と、あまり意味はないだろうが一応拒否する姿勢を見せると、まるで読み切っていたぜと言わんばかりに瑞葉はニヤリと笑った。

 そしていつの間にいたのやら隣で静かに佇むりこに目配せをすると、りこはとてとてと窓際に歩いていきカーテンをサッと開いた。


 外では土砂降りの雨と凄まじい風が轟々と鳴り響いている。なんなら空には青白い雷鳴が(とどろ)いている。


「台風……だな」


「うん。台風だね。それもこの夏最大級らしいね」


 頭痛の原因が分かった気がする。こんな時に低気圧なんて最低な気分だ。


「だから今日は僕と一緒に遊んで欲しいんだよねっ!」


「それともこの天気で外に行くの? お兄ちゃん?」


 りこが心配そうに俺を見上げる。窓がミシミシなるレベルの暴風だ。きっとこの天気じゃ傘をさして歩いたって一瞬で箒の様にひっくり返ってしまうだろう。

 となると暇を持て余した俺が出来る事は一つである。


「……いや、流石に無理だな。今日はお兄ちゃんと遊ぼうな、りこ」


「ひゃっ……えへへ」


 そう言いながらりこを優しく引き寄せると嬉しそうに頬を染め俺の胸に頭を預ける。

 今日は何をしようか。最近妙なこと続きでりこと一緒に遊ぶ事も無くなっていたし、そんな可愛い可愛い妹のためなら片頭痛もなんのそのだ。今日ぐらいは夏休みらしく楽しく――


「ぶーぶー。兄妹でそんな事するのは良くないと思うけどなー僕は」


 ……そういえばコイツがいたな。忘れてたけど。


 俺のわき腹をつんつんと瑞葉が突いている。美しい兄妹愛を見せてやろうというだけなのにコイツは一体全体何が不満だというのか。俺はりこを抱きしめる腕の力を強めさらに引き寄せ――


「あ、ごめんねお兄ちゃん。そういえば今日は夏休みの宿題をしなくちゃいけないから」


 そう言うと抱き寄せた俺の腕からスルリとりこ(幸せ)がいとも簡単に抜けて出てしまう。


「な……なんで!? 宿題ぐらいお兄ちゃんが教えてやるって! な?」


「宿題は自分でやらなくちゃ意味ないんだよ?」


「そうだよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんで自分の宿題やってね?」


 咄嗟に出た引き留めるための言葉は瑞葉(不幸)によって実にあっさりと砕かれた。

 りこ……偉くなったんだな……! 昔は大量のセミの抜け殻集めて俺にプレゼントしたくらいバカだったのに……!


「何かお兄ちゃん失礼なこと考えてる気がする……」


 そんな事ないぞ我が妹よ。兄は妹の成長に感動しているんだ。

 下手に喋ると失礼な事考えてるのバレるからわざわざ言ったりはしないけど。


「まぁそういうワケだから今日は瑞葉さんと遊んでいてね。あ、お兄ちゃん真面目だから大丈夫だとは思うけどお兄ちゃんも宿題やらないとダメだよ?」


 と言い残しりこは居間を出て行ってしまった。

 当然後に残された俺と瑞葉だけが静かに部屋に佇む事になる。……寂しい。何故幽霊と二人っきりで夏休みを過ごさねばならんのか。


 周りをキョロキョロ見回し、誰も居ない事を確認すると瑞葉は邪悪な笑みを浮かべた。


「で……ふふ、とうとう二人っきりだね、優君?」


 そしてそのまま妙に(なま)めかしい様子で瑞葉が俺の方ににじり寄ってくる。

 俺の太ももに「の」の字を描きながら耳にフッと息を吹きかけてくるのがくすぐったくて思わず身を捩るとさらに追い打ちとばかりに覆いかぶさるかの如く近付いてくる。


 ……正直、かなり緊張する。相手が幽霊とはいえ俺からすれば体温だって感じるし匂いだって人間の女子のソレと同じだ。性格はともかく見た目はかなり可愛い。いや、他の女子どもは佳奈美ぐらいしか比較対象は無いが、それでも俺からすれば相当に可憐な美少女である事に違いは無かった。


「あ……っ、ちょ、待てお前何をする気だっ!?」


 焦る俺を見て瑞葉はクスリと笑った。


「緊張しちゃってまぁまぁまぁ……ここはおねーさんがリードしてあげるからねー」


 リードってなんだリードって。一体何をしようというのか。正直童貞っぽく見られるのは好まないので精々顔にだけは緊張が出ない様に改めて気を引き締めて瑞葉を逆に睨めつけた。


「ぐ、ぬ……なにするつもりだよマジで……お前そんなキャラじゃねえだろうに……!」


 何とか反撃の糸口を掴むべく俺が言うと、耐えかねたかのように瑞葉はこれまでの妖艶な笑みを崩し、弾けた笑顔を浮かべた。


「ふは……ふへへへへ……あー面白い。優君ってば、今の台詞とか、言葉だけは落ち着いてるフリしてるのに顔は真っ赤なんだもん」


「なぜに!?」


 顔面の筋肉という筋肉を引き締めていたのに何故バレたのか。思いもよらぬ指摘に俺が頬を触るのを見てさらにヤツは笑い転げた。


「あっははははははは! 嘘だよ、嘘っ! 優君ったら超慌ててる! 昔っから変わってないね! このムッツリスケベめ!」


「こんの……ッ! 付き合ってられんわ! 寝るぞ俺は!」


「あは。ごめんごめん。悪かったってば。機嫌直してよ優君ってば~!」


 誰がムッツリスケベだこの悪霊め。男の純情を弄びやがってこんにゃろう本当に付き合ってられんわ!

 なんて瑞葉に背を向け、頭と耳にクッションを押し付けて圧迫するようにソファに横になった。そうやって視覚と聴覚を抑え込むと少しだけ頭痛もマシに感じられる。


 そうして数分ほどソファに張り付いていた俺の隣にふわりと人が座り込む気配がした。


 ソファに凹みは感じられない。体重が無いって事はまぁ瑞葉だろう。

 また何かしようとしているのだろうか。もう反応しない方がいいだろうコレは。


 そう考えて無視を決め込んでいると、俺の抵抗が無いのをいいことに俺の頭を両手でよっこらせと年寄りみたいな声を出して持ち上げた。


 一体人の頭に何をするつもりなんだコイツは。イタズラでもする気か?

 髪の毛の数本を持っていかれる事を覚悟した俺の頭が柔らかな何かに包まれた。


 (もう、しょうがないなぁ。優君は)


 ――柔らかい囁き声が耳元でした。

 花の香りの様な、甘い匂いに頭が包まれる。


「ちょっ……!?」


 (あらら、まだ起きてたか。……まだ、頭痛い?)


 気付けば俺の頭は瑞葉の太ももの上に乗せられていた。いわゆる膝枕というヤツだ。いつもの俺ならこっぱずかしくてすぐに跳ねのけるだろうが、不思議と瑞葉の膝に寝っ転がっていると頭痛が和らいで妙に落ち着いた気分になった。


 (頭痛、気付いていたのか。りこに心配させたくないから黙ってたのに)


 何故か俺が片頭痛に苦しめられていたのを見抜かれていた。

 そんな俺の髪を瑞葉が静かに撫でた。幽霊なのにどこもかしこも暖かい。


 (だって優君ってば、昔から頭痛い時いつもこうやってクッション頭に押し付けて寝るんだもん。分かるよ流石に)


 (……やっぱり、知ってるんだな。俺の事)


 俺の言葉に瑞葉は小さく笑いを返す事で答えた。

 瑞葉、お前は一体誰なんだ。何でお前はこんなところで幽霊をしているんだ。


 そんな事を脳内でグルグルと考えていると、だんだんと瞼が重くなってきた。撫でられている髪が、瑞葉の体温が、呼吸する音が心地いい。


 (ふふ、寝ちゃってもいいよ。ゆっくりお休み)


 遠くからそんな瑞葉の声がうっすらと聞こえてくる。俺の意識は深く深く眠りに――


「――でも柔らかさが足んないな。もっと太ってればいいのに」


「と、年頃の乙女になんてこと言うのかなこの人はっ!」


 怒った瑞葉の平手が俺の額を直撃した。……デリカシー足んなかったかな、俺。

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