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見知らぬ君、変わらない日常。  作者: 習作ちゃん
二章 『俺は君を知らない』
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第七話

「ざ~ん~こ~く~なふんふんふふんふん」


 全国展開はしていない小規模チェーンである駅前のカラオケ店。

 そんな煙草臭い一室で賢治は上機嫌に何やら一曲歌っていた。見た目に違わず下手だけど。すごく。


「いえ~い」


 そんな賢治の歌に合わせて瑞葉はマラカスをしゃんしゃん振っている。こちらはちゃんとリズムに合わせて振れていた。


 煙草の臭いは気になるがまぁたまにはこういうのも悪くないだろうと俺はドリンクバーから持ってきたグレープソーダを啜る。


 口の中が人工甘味料のすっきりした甘味と嘘くさいグレープの匂い、そしてその安っぽい味を誤魔化す冷たさと強めの炭酸でいっぱいになった。うんうん、この嘘くさい味が無ければグレープソーダとは言えないだろう。最近のジュースといえばやれ健康志向だの人工甘味料と着色料不使用だの――あえて言わせてもらおう。ジュースを飲む人間が健康を気にするな、と。


 俺は嘘を飲みにグレープソーダを飲んでいるのであってグレープ果汁を飲みたいワケではないのだ。その点でいくと本物の果汁を使用したジュースのなんと浅ましい事か――


「おーい。優君。優君ってば!」


「ん……あ、どうした?」


 炭酸でトリップしていた所を瑞葉によって現実に引き戻された。

 手にしたマイクで頬をぐりぐり押されている。マイクが痛むからやめなさい。


「どうしたって、歌わないの?」


「いやどうもカラオケは苦手で……」


 実のところ俺は歌があまり得意ではない。賢治の事をあまり言えた口ではないのだ。

 俺が遠回しに歌うのを断るのを聞くや否や瑞葉の綺麗な目がいたずらっぽく細められた。


「でもせっかく来たんだから歌おうよ。う~た~お~う~よ~~!!」


 ぐりぐりぐりぐり。先程の二割増しの力で頬をぐりぐりされた。だからマイクが痛むからやめなさいって。


「そ~だぞ優~。三人しか来てないってのにお前が歌わなきゃ場が白けるだろうがぁ~!」


 反対側の頬もぐりぐりされた。こちらはシンプルに力が強くて痛い。


「あーもうわかったわかった! 何か一曲だけなら歌ってやるから!」


 言いながら賢治から選曲用のリモコンを奪い取った。

 どうも全国的によく選ばれている機種らしくあなたへのオススメの欄には様々なジャンルの音楽が所狭しと一覧されている。


 ……が、全く知らない曲ばかりだ。普段テレビは見ないしインターネットもしない、アニメや映画も見ない弊害がこんなところで出るとは思っていなかった。


「なぁ、全然知ってる曲が無いんだが」


「そう? まぁ僕も最近の曲は知らないけど。これなんかどう?」


 と言いながら瑞葉がタッチペンを使ってリモコンを操作する。

 素手じゃ端末が反応してくれないらしい。幽霊の不便さというヤツだな。


「なんだこの曲? 俺達が小学生ぐらいの時の曲じゃん。古くね?」


「あー何か知ってるなこの曲……」


 タイトルに見覚えは無いが歌詞の部分に見覚えがあった。

 何となくリズムも覚えている。どこで覚えたのか知らないけど。


「ほらデュエット曲だって優君! 一緒に歌おうよ!」


 と言うや否や勝手に瑞葉は曲を予約した。

 ゆったりとしたリズムだが妙にテンション高めなイントロが流れ出した。あぁ、あったなこんな曲。いつ知ったのかも覚えていないけど……。


 瑞葉は歌いだしに合わせて小さな口で息を吸い込み――





「――ぶはっ、ククク……あーおもしれえ! 優、俺も人の事言えねえけど滅茶苦茶下手だったなぁ! 耳が壊れちまったのかと思ったわ」


 バンバンと賢治が俺の背中を叩きながら爆笑している。笑いすぎて目尻に涙すら浮かんでいた。


「だから……だから言ったのに!」


 俺は歌が得意じゃないって。


 折角のデュエット曲だったのに俺が歌いだすや否や瑞葉が爆笑してしまって続行不能になってしまい、室内は誰も歌っていない歌詞無しの音楽だけが延々流れ続けていた。

 悲しくなってきたので俺は唇を噛みながら演奏停止ボタンを押す。


「ふへ……だ、だって優君ってば……ふへへへへへへへ、はぁ、はぁ……。音が全部破壊されてるもん……ふへへへへへ」


 そして瑞葉の笑い声も壊滅的だった。

 ふへへって笑う人間を俺は生まれて初めて見た。


 ちくしょう。二度とカラオケなんて行ってやるものか。

 憮然とした気持ちで腹を抱えている瑞葉にマイクを押し付けて新しく注いできたメロンソーダを一息に飲み干し、席を立った。


 「あ? どこいくんだ?」


「トイレ」


 嘘ではない。

 昔なんかのゲームに教えてもらったんだ。泣いていいのはトイレか父さんの胸の中だって。

 生憎片方は既にこの世にいないので俺が泣くときはトイレじゃなきゃいけない。


 後ろ手で部屋の扉を閉め、俺は叫んだ。


「ちくしょおおおおおおおおおお!」





「あ……? どこだここ」


 俺がひとしきりトイレで泣いて外に出ると、そこはカラオケの店内じゃなくなっていた。


 ――いや、見た目だけは間違いなくカラオケ店の中だったが、妙な事に今までなら部屋から漏れ聞こえてきていただろう音楽や店内BGMが一切流れていないのだ。


 カラオケ店なのに音が消失してしまったかのようだ。普段なら料理やら飲み物やらを運んでいる店員も居ない。そこらの部屋を覗いてみても全く誰も居なかった。


「偶然……なのか?」


 客に関しては全員帰ったって事も考えられなくはない。客が帰ったんだから料理を運ぶ店員がいないのも分かる。が、店内BGMまで消してしまうなんて事があるだろうか。


 俺は釈然としない気持ちで元々俺たちが使っていた部屋へと戻ろうと廊下を歩きだした。

 昔ながらのカラオケ店だけあって店内の照明はかなり暗い。それこそ幽霊の類が出てきてもおかしくなさそうな雰囲気だった。


 数歩歩けば俺たちが先程まで使用していた部屋までたどり着いた。

 果たして中には――誰も居ない。


「俺を置いて帰ったとか……まさかな」


 まさかそんな下らない事はしないだろう。いやあの二人ならしかねないかもしれない。戸惑う俺を陰から眺めてケラケラ笑うあのドヤ顔幽霊としたり顔坊主のイメージが簡単に浮かんだ。


 いやドッキリならドッキリでむしろそうであってほしいが……


「あ、アレって……まさか?」


 どうやらドッキリでは無さそうだった。

 また、部屋の中に落ちているモノを見つけてしまった。


 前のモノに比べて若干小さい。赤黒いのは相変わらずだが、今度のモノはびっしりと黒い毛が絡みついている。あぁ、見たことがある。これは正しく――


「ヒッ……!」


 ソレが何か分かった瞬間俺の喉の奥に息が逆流していくのを感じた。あまりのことに視覚と聴覚にノイズじみたものが走り出す。


 髪だ。頭皮ごと剥ぎ取られた髪の毛だ。見たことがあるから間違いがない。

 あの時――俺が事故に巻き込まれた時、他人の頭から剥がれたソレが手に絡みついてきてしまったことすらあった。思い出してしまわない様記憶から消していたのにどうして。


 『何を連れてきた?』


 賢治の言葉がフラッシュバックする。

 そうだ、賢治は嫌な気配がすると言っていた。俺はてっきり瑞葉が嫌な気配の主かと思っていたが、そうじゃなかったのかもしれない。


 『ア……ア……』


 細い、息の詰まったような声が部屋の中から響いた。

 チカチカ点滅する目はあまり物を映してくれないが、部屋の中を目を凝らして睨みつけると、暗闇の中に立つ人影が映った。


「……っ!」


 まるで蚊柱の様な真っ黒な靄が立ち込めている。その中心では、手や足のある人間大の何かがユラユラと揺らめいていた。

 あの時は中身が瑞葉だったお陰で助かった様な節があったが、今度のヤツがそうだとは限らない。


 呆気に取られる俺の目の前でソイツは落ちていた髪の毛の塊を大きな口をパックリ開けてバリバリと頬張ると、こちらに向けて白い歯を見せてニヤリと笑った。


 逃げないと――殺される。


 咄嗟に俺は踵を返すと狭い廊下を駆け出し、店を出るべく外へと逃げだした。

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