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見知らぬ君、変わらない日常。  作者: 習作ちゃん
一章 『幽霊と出会う日』
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第二話

「……起きてる? お兄ちゃん? お兄ちゃんってば!」


「んあ……。着いたのか?」


 電車の揺れに揺られるがまま眠っていた俺は身体を揺さぶられて起こされた。

 薄っすら目を開けるとちょっと困ったような顔で俺の妹――りこが俺の顔を覗き込んでいた。長い白髪が垂れて俺の顔をくすぐっている。

 綺麗なエメラルドグリーンの目と俺の目が合うと顔を赤らめてすぐに逸らしてしまった。どうも膝枕で寝かしてくれていたらしい。


 乗り過ごしてしまうと慌てて顔を上げるが目的地の神熾駅はどうやらまだ先のようだった。慌てずに済む様に先に起こしておいてくれたらしい。なんと気の利く妹だろうか。お兄ちゃん感激です。


 我が妹の成長に感激していると、隣でさっきからムスッとした仏頂面をしている男――賢治が無言で俺の足をゲシゲシと蹴ってきた。


「ちぇー何だよ俺が折角ここまで案内してきてやったってのに俺以外誰もいないからって二人してイチャコライチャコラと。兄妹の分際でいいご身分だな! このインモラル兄妹めがよ!」


「っ、ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 賢治が悪態をつくと別に謝らなくてもいいのにりこは涙目で謝罪を繰り返した。

 そんなりこを見て別に怖がらせるつもりは無かったらしい賢治はバツが悪そうに頭を掻く。


「い、いや悪かったよりこちゃん。別にりこちゃんを責めてるって訳じゃなくてこのアホの優を責めてるだけだから……」


「アホはともかくインモラル兄妹ってなんだ。兄妹なんだからこのぐらい当たり前じゃないか」


「当たり前な訳ねーだろこの頭パープリンが!」


 なんだよ。困惑してるんだと思ったらめちゃくちゃまだ怒ってるじゃないか。


 というより頭パープリンなんていう微妙に、いやかなりの死語を知っているのはやはり不良のイメージが古いからなんだろうか。多分コイツの頭は90年代以前からアップデートされていないんだろう。まだ生まれてもない時代のクセに。


 なんて言っている内に電車がゆっくりとスピードを殺して見慣れぬ駅のホームに止まった。


 『神熾、神熾です。お降りの方はお忘れ物にご注意下さい』


 と、車内放送が鳴り響く。

 賢治が顎で出口を指した。どうやら着いたらしい。


「あっつ……」


 電車から降りると日本の夏らしく激しい直射日光と蒸し暑い空気が俺達一行を包む。

 右手で荷物を持っている俺を気遣ってくれたのか、隣でりこが大きい白色の日傘の中にそっと俺を入れてくれた。


「都会の暑さと違って田舎の暑さはいい、なんてよく言うけど結局田舎も都会も何も変わんないな……暑い……」


「わかる。わざわざ東北まで来たってのにぜんっぜん東京と暑さ変わんねー」


 あんなものきっと嘘っぱちなんだろう。やっぱり日本の夏はどこにいっても嫌な暑さだった。


 窓の外は本当に小さな無人の駅と濃い緑に覆われた山肌ばかりで人の気配はない。残念ながら観光名所的な場所も無いので快適な旅は期待できそうになかった。まぁ心霊スポットに行こうとしているんだから当たり前といえば当たり前なんだが。


「まぁこんなところでうだうだしててもしょうがねー。行こうぜ」


 と、賢治はスマホで場所を確認しながら言った。どうやらこんな場所でもキチンと電波は届くらしい。


「行くっつったって賢治。目的地どこにあるのか分かるのか?」


 そもそも俺達が行った事のある心霊スポットは〇〇トンネルとかどこかの廃病院だとか、そういった目的地がはっきりとした場所だけだった。今回はこの神熾山全体が場所とされている。別に俺達の心霊スポット巡りは心霊現象を目の当たりにする事が目的じゃなく単に旅行しようといった向きが強い。


 ただ、今回だけは場所が場所だけに事故以来ここに訪れた事が無かった俺とりこが慰霊碑を参拝したいといった目的もある。というよりそっちが主だった。


「あぁ。……飛行機事故以来慰霊碑までの道が整備されてるみたいだからな」


「しかし慰霊碑を心霊スポット呼ばわりって色々大丈夫なのか? 別に俺自身は何とも思っちゃいないが」


「それはまぁ、倫理的に考えたら良い訳無いよな。まぁでもここがパワースポットだの何だの言われてたのって事故以前かららしいし、その言い伝えと事故の記録が混ざってこんな感じになったのかもな」


 言いながら山へと続く道をどんどん賢治は入っていく。

 いつもよりペースが遅いのは女の子のりこと片腕の無い俺を気遣ってくれているのだろうか。いずれにせよ俺たちにとっては有難い事だった。


「わわっ、結構急な道なんだねぇ……」


 と、足を滑らせたりこが必死に俺のリュックサックにしがみついた。


「りこちゃん、ケガすると危ないから俺が手を握っててやろうか?」


 そんなりこを見ていつもより二割増しでいい声で賢治が言ったが、りこは無言でぶんぶん首を横に振った。


「あ……ごめんなさい、お兄ちゃんの手助けしてあげないといけないから……」


「おう、手伝ってくれるっていうんなら俺の肩支えてくれよ賢治」


「なーーんで俺が野郎の身体に密着しなきゃならねーんだよボケッ! ほら荷物ぐらいは持ってやるから寄越せ」


 と言いながら俺が右手に持っていた荷物を賢治が奪い取った。なんだかんだこういうところは見た目と違ってすごくいいやつだ。



 …………………………………………………………



「あ……あれ? ここどこだ? 賢治ー! りこーー!」


「お兄ちゃん! どこにいるのー?」


「おい! あんま動くな! ……クッソー、マジでなんなんだこの霧。マジで数センチ先も見えねえぞ!」


 十数分後。濃い霧に囲まれた俺達は完全にお互いを見失っていた。ここいらで霧が出るとは聞いていなかったせいで全く霧に覆われた世界を知らなかった俺たちは完全にお互いを見失ってしまっていた。声でお互いの位置を探ろうとしても声があちらこちらから聞こえてくるみたいに反響して全くわからない。周囲に反響する様な物は何もないハズなのに。


「しゃーなし、遭難してもヤバいし結構道も危ないし多少霧が晴れるまで一旦動くのやめて待機ってことにするか」


「わかりました」


 という二人の声に安心して俺も地面にどっかりと腰を下ろした。正直かなり疲れていたからここいらで休憩が出来るのは助かった。いつもならここでりこがお茶なり水なり出してくれるところだが生憎賢治に荷物半分持たせたせいで俺のリュックの中にはせいぜい行きしなにコンビニで買ったチョコレートぐらいしか食料類は入っていない。


「まぁそんな長いことここに留まることにならなきゃいいが……」


「……」


 俺の言葉に同意する声は返ってこなかった。


「ん? あれ? おい賢治りこ! いるよな?」


 ちょっと焦った俺の声は誰に届く事もなく深い霧の中に消えた。

 一体何処に行ったのか。一瞬イタズラの類かと思ったが賢治はともかくりこはこんなくだらないイタズラをするタイプじゃない。


 薄っすらと晴れてきた霧の中注視するが、人影が全く見えない。それどころかあたり一面鬱蒼(うっそう)とした森に囲まれている。俺が腰を下ろした時には確か森には入っていなかったハズなのにどうして。


 完全に二人とはぐれてしまっている。ここは一体全体本当にどこなんだ?


 あてもなく薄暗い森の中を一歩ずつ進んでいく。あれだけ夏の日差しがさんさんと降り注いでいたのに木に遮られて森の中は妙に薄暗い。森独特の湿った空気と光のささない薄ら寒さが俺の気分をどんどん悪くさせる。


 普通ならこんな遭難したときは動かない方がいいんだろうけど、あんまりにも異常な事態に俺は彷徨う様に森の中を歩き回った。


 セミがいやらしくジリジリ泣いているのがやけに耳にこびりついて離れない。


「おーい。りこ、賢治ーー!」


 俺の叫び声には相変わらず返事はない。なんだかだんだん怖くなってきた。いつの間にか見知らぬ場所にいたのは休憩に入る前に横道に迷い込んだのかもしれないがそれにしたってこれは遭難なのではないか?


 遭難者の救助にウン千万かかったなんてニュースを思い出して俺の額に汗が一筋垂れた。こんな怪奇現象じみた場面に遭遇しているってのに随分現金な脳みそだな本当に。


 数分間そんな森の中を歩いていると地面に赤黒く光る何かを見つけた。

 細長い形をしており、紐状の物がいくつも絡みついていた。


「なんだ……? これ……?」


 まるで人間の内臓の様に見えて気味が悪い。キノコか何かの類だろうか……


 近付いて手に取ろうとした瞬間――突然木々の間から出現した黒い影が赤いモノをかっさらっていった。


「な……なんだよ、アンタは。なんでこんな所に。」


 目の前に突然出現した黒い影に驚いた俺は地表に出ている木の根っこに足を引っかけて尻餅をついた。下敷きになった枝が折れる音に驚いたのか木の上でガアガア鳴いていた烏たちが遥か上空へと飛び立っていく。


 俺は頭らしき物がついているソレをヒトかと思って咄嗟に声をかけてしまった事を本当に後悔した。

 黒い()()に胴体は無かった。いくら目を凝らして見ても目や鼻は無いし首より下は影よりも黒い靄の様な物がかかっていて見えない。ただただ首だけののっぺらぼうがこちらを見つめていた。


 コイツは……明らかにヒトじゃない。いや、生物ですらない。

 鼻や口は無いクセに耳を澄ますとまるで獣のようにフーッ、フーッと荒い息を吐いている音が聞こえてくる。


「――ッ!?」


 ――最悪だ最悪だ最悪だ。こんな事になるなら心霊スポットなんかに軽率に来るんじゃなかった。出来ることなら今すぐここから逃げたかったが腰が抜けて動けそうにない。


「ぁ……あ……!」


 靄の様になっている部分から手の様な形状のものがゆっくりと伸びていくのが見えた。何をするのかと思えば呻き声をあげながら黒い影はフラフラとした――それこそホラー映画に出てくる幽霊じみた動きで靄になっている部分をガリガリ音を立てて掻き毟り始める。


「な、なにを……!?」


 不思議な事に影が手を翳すたびに黒い靄が形を持った人体に変わっていく。胸、太腿、そして足。さながら美術家が彫刻を彫る様に、どんどんと身体が作られていく。

 幽霊の癖に足はあるんだななんてくだらないことばかり頭に浮かんでまるで状況を打破出来るような考えは思い付かなかった。


 とうとう全身を生み成し終えた影がこちらへ人のように艶々とした皮膚に覆われていた手を伸ばし、そして近づいてくる。

 脳からの警告なのかそれとも幻肢痛(げんしつう)というヤツなのか、既に無くなったはずの左腕がジンジンと熱と痛みを発している。


「た……たすっ……」


 こんな森の奥深くだ。辺りに人はきっといない。それでも何とか助けを呼ぼうと思って上げた声は喉の奥に引っかかって出なかった。


「た……? タス……? タす! たス! な、ナにヲ!」


 そんな俺の言葉を学習したのか、影が狂ったように先ほどの俺の言葉を繰り返し叫んだ。生まれたての赤ん坊が両親の言葉を真似する様に。


 見ちゃいけない。関わるな。今ならまだ引き返せる。何も気付かないフリをして、全部忘れて布団に潜り込めばいいんだ。そうすればきっと、いつもの何も無い、変わらない日常が俺を包んでくれるハズだから――


 今さら手遅れかもしれない。でも、そう願わずにはいられなかった。

 だが、現実はそうはいかないらしく相手は夢オチを許してはくれなさそうだった。


「ア……ア……。コッチ向イテヨ。ネ? 見テ? コッチ。」


 何やら片言で喋りながらゆっくり、目を逸らした俺の視界に入ろうと覗き込んでくる。目を閉じたくても電撃を流されたみたいに痙攣して上手く目を閉じられなかった。


 そしてとうとう、覗き込んできたヤツの目と見開かれた俺の目が合ってしまった。


「な――」


 ――俺は人の顔が分からない。これはもう何度も治療しようとしたがどうしても治らなかった、脳ミソのバグ。


 でも、目の前の彼女は違う。

 そう、他人とは違うんだ。高い鼻、長い睫毛、やや日焼けした健康的な肌。そして深い赤に輝く瞳。そのどれもが他の生きながらにして死んでいる生者共には無い、宝石の様な美しい死の輝きを放っている様だった。


 ――綺麗だ。


 そんな世界の何よりも華麗で儚い彼女は何やら慣れない様子で口をもごもごさせると、ギュッと目を瞑って声を絞り出す。


「アー、ア、あ、あー……。オホン、げほげほ。……僕ってば声を出すのも随分と久しぶりだから出し方を忘れちゃってたよ。まぁ僕ぐらいの 天才はスグに思い出せてしまうけれどね。じゃ、久しぶりの再会だし改めまして自己紹介をば。」


 と、状況に今一つついていけていない俺をよそに歌うような美しい声で言った。


「やぁ、久しぶりだね優君! 長らく君に会えなくて僕は本当に寂しかったよ。僕はもう絶対に君の傍を離れたりしない。これからはずっと一緒さ!」


 そんな俺の前で彼女は心底楽しそうに、歌うような美しい声と共に俺に手を差し伸べながらニッコリ笑った。

 何故か他人の顔と違う。何故か彼女の顔は識別出来る。そんな特別な彼女に影はなく――身体が半透明に透き通っていた。

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