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見知らぬ君、変わらない日常。  作者: 習作ちゃん
一章 『幽霊と出会う日』
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第一話

 ――その日、俺は非日常と出会った。


 俺は人の顔が分からない。これはもう何度も治療しようとしたがどうしても治らなかった、脳ミソのバグ。


 でも、目の前の()()は違う。

 そう、他人とは違うんだ。高い鼻、長い睫毛、やや日焼けした健康的な肌。そして深い赤に輝く瞳。そのどれもが他の生きながらにして死んでいる生者共には無い、宝石の様な美しい死の輝きを放っている様だった。


 ――綺麗だ。


 そんな世界の何よりも華麗で儚い彼女は何やら慣れない様子で口をもごもごさせると、ギュッと目を瞑って声を絞り出す。


「アー、ア、あ、あー……。オホン、げほげほ。……僕ってば声を出すのも随分と久しぶりだから出し方を忘れちゃってたよ。まぁ僕ぐらいの天才はスグに思い出せてしまうけれどね。じゃ、久しぶりの再会だし改めまして自己紹介をば」


 と、状況に今一つついていけていない俺をよそに歌うような美しい声で言った。


「やぁ、久しぶりだね(ゆう)君! 長らく君に会えなくて僕は本当に寂しかったよ。僕はもう絶対に君の傍を離れたりしない。これからはずっと一緒さ!」


 そんな俺の前で()()は心底楽しそうに、俺に手を差し伸べながらニッコリ笑った。

 何故か他人の顔と違う。何故か彼女の顔は識別出来る。そんな特別な彼女に影はなく――身体が半透明に透き通っていた。





「……暑い。すごく暑い。……死にてぇなぁマジで」


 俺——夏目(なつめ) (ゆう)は誰に聞かせる訳でもなく放課後の教室で独りごちた。


 夕方だっていうのに夏の日差しはどうしてこうも人を憂鬱(ゆううつ)な気分にさせるのだろうか。

 こんなに鬱々とした日々が続くのならそりゃあ全国津々浦々の学生も自殺だってしてみたくなるというものだ。放課後なものだから教室のエアコンは全く動いていないし、その割に進学校なものだから受験生らしく自習をしようとする人はまだまだ教室の中にいるせいで二酸化炭素まみれの熱く湿度の高い空気を延々吸わされる事になる。

 夏休みまで後一日だっていうのに随分勤勉な人間が集まったものだ。どこを向いても自習をしている生徒が目に入る。


 見渡す限りの顔、顔、顔——


 どいつもこいつも皆同じ顔をしている。皆同じ真剣な、そのくせ腐った目で問題を解き続けているのだ。

 こんなに皆同じ顔なんだったらいっその事仮面でもつけておいてくれた方が分かりやすい。生きている顔よりも動かない仮面の方が気味悪く無くて良い。


 ――10年前に俺達家族を襲った飛行機墜落事故以来、左腕と一緒に脳ミソまで吹っ飛んだのか俺は他人の顔が識別出来なくなってしまった。


 誰も彼も、思い返す顔は老若男女問わず皆同じ目、鼻、口、それに輪郭。のっぺらぼうとさして変わらない。まぁ顔だけで他人を見分けているワケでも無し、誰か分からない人でも話し方や声、服装、匂いや雰囲気で誰かの判別はつくから今更不満を感じたりはしないけれど。


 それでも不便なものは不便だし、人の顔が分からないというのは他人からは一見すると物覚えの悪い馬鹿の様に映ってしまう。人によっては失礼だなんだと本当に(やかま)しく吠えたてる。


 そんな奴らは大抵「こんな事じゃ社会に出たらやっていけないぞ」なんて知ったような口でまくし立てるのだ。何が社会だよ。お前らが一々人の顔と名前覚えなきゃいけないなんて下らないシステム作ったんじゃないか。面倒な事考えつきやがって。


「あーあ……。まだ受験も終わってないってのに将来の心配してても仕方ないよな……」


 全くもって嫌な気分だった。心做(こころな)しか左手の義手も調子が悪い様な気がする。

 憂鬱な気分を振り払おうと机の上に置いていた温くなってしまったサイダーを一口に飲み干すと、爽やかな炭酸が喉を通り抜ける度に身体に溜まった夏の暑さが中和されていくような感覚が全身を包む。やっぱり夏はこうでなくっちゃあな。昔からサイダーは好きだ。


「しかし暇だな……」


 それにしてもどうして俺はこんなあっつい場所で貴重な放課後を浪費しなくてはならないのだろうか。

 いや全部あのしたり顔の悪ガキのせいなんだけど……。


「悪い優! 遅れた!」


 なんて事を考えながら机の上でうだうだ突っ伏していると教室の後ろから小柄なくせに妙に声のデカい男が教室の扉を足で乱暴に開けながら息を切らして駆け込んできた。いつもの事ながらすさまじい数の妙な装飾がされた改造制服に身を包んだ剃り込みのある男が教室に飛び込んでくるものだから一瞬にして教室が静まり返ってしまう。正直今時古臭いし変に目立つからやめてほしいものだ。まぁ顔で人を判別出来ない俺からしたらスグに誰か分かるっていう面では高評価なんだが。


「随分遅いじゃないか。何してたんだよ、賢治。」


 松木(まつき) 賢治(けんじ)――俺の唯一の男友達で、不良。今時不良なんて表現は古いなんて思われるかもしれないが、それでも彼自身が不良を自称しているんだから仕方無い。どうも悪い男というものに憧れる年頃らしい。俺も気持ちは分からないでもないし、犯罪紛いの事をしていないだけマシなんだが如何せんいつも一緒に行動している俺に対する周囲からの視線が痛い。


 そんな間の抜けた友人は俺の問いにどこかの大怪盗に似た猿顔を得意げにニヤリと歪ませた。

 あぁ、聞くんじゃなかった――こういう時のコイツはロクな話をしない。どうせ何処かの学校の奴らと喧嘩で勝ったとか、新しいバイクを買ったとか……それか趣味の心霊スポット巡りの誘いが来る時だ。ロクな選択肢がない。


 「よくぞ聞いてくれた優! それがなんとな、見つけたんだよ! 近くに面白い——」


 「断る。俺は帰るからな」


 興奮して喋る賢治を無視して席を立つ。一緒に帰ろうとわざわざ放課後まで待っていて損をした。この男が面白いなんて言葉から始める話は大抵心霊スポット巡りだろう。

 大体俺は怖い所苦手なんだよ。何でこの男がこんなに心霊スポット好きなのか知らないがわざわざ俺がついて行く必要も無いだろう。


「おい待ってくれよ!? 何で帰るんだよ! お前もたった三人のオカルト部の仲間だろうが!」


 溜息と共に席を立った俺の肩を掴んだかと思うと凄まじい勢いでガックガックとゆさぶりながら賢治が叫んだ。


「何で俺が行かなきゃいけないんだよ! 大体俺はオカルト部なんかに入った覚えはない! お前が行けよ一人で勝手に!」


「りこちゃんだって部室で待ってんだぞお前のこと! お前可愛い可愛い妹を俺みたいな不良男と一対一にするつもりか!?」


「てめーみたいな童貞王にりこが襲えるってんならやってみろ! 仮に手を出したら出したで絶対許さんがな!」


「うるせえええええ! 俺は硬派なだけだろうがッ! こんな所で他人の童貞バラしてんじゃねえぞこんのクソ童貞野郎が!」


 叫びながら掴みかかってくる賢治。人には平気で言ってくるクセに童貞はどうやら禁句だったらしい。適当にいなしたかったが生憎左肘より先はどこかに吹っ飛んで行ってしまっているので防御できず、為されるがまま肩をガックガックと揺さぶられた。それはもう執拗に。


 そんな事をしていたからだろうか。賢治は残念な事に背後から近付いてきている彼女に全く気付く事が出来なかった。


 「……っ! いい加減にっ! しろっ! うるさいのはアンタ達でしょうがっ!」


 「ぅあ痛ぁーーーっ!?」


 相変わらず俺の肩を揺さぶっていた賢治はソイツに突然頭をぶん殴られた。グーで。


 「〜〜〜っ! おい! 何すんだよテメー痛いだろうがッ!」


 が、賢治も流石不良を自称しているだけあって素早い反応で殴ってきた人物に対して振り向いてガンを飛ばす。


 しかしながら彼女は見た目だけは結構怖い賢治に睨みつけられてもビクともせず、背中まである長い金色のツインテールを振り振り、ビシリと賢治の額に指を突き立てた。

 笑顔ながらにこれが漫画ならコゴゴとでも効果音がつきそうなくらいの威圧感で賢治を圧倒している。額の青筋がちょっと、いやかなり怖い。


 「今自習してる人多いから。ギャーギャー騒ぐなら外でやって貰えるかしら……?」


 ――もう10年以上の付き合いがある。声や髪形だけですぐに彼女だと分かった。

 佐伯(さえき) 佳奈美(かなみ)。幼馴染にして同級生だ。色んな面で俺が親御さんに世話になっているという事もあり、妹を除けば恐らく人生で最も長い付き合いのある友人、といった所だろうか。


 「佳奈美てんめー、なにも殴んなくてもいいだろうがよ!」


 「あのねー……私だって殴りたかないわよ。でもなんていうのか、アンタ見てるとどうしても口より先に手が出るっていうか……」


 うんうん。俺も殴る必要は無かったと思うが。まぁでも賢治って基本的に坊主頭だから殴りやすそうな頭してるもんな。分かるよ。


「ってか何だよ。行きたいんならお前も行くって言えばいいのに。全くコレだからツンデレってやつは」


 と、健治が言うと(くだん)の金髪貧乳ツインテールツンデレは不満げに口をへの字に曲げた。


「別に行きたかないわよ! 何でアンタらみたいに好き好んで心霊スポットに行きたがる人間がいるのか私からすると(はなは)だ疑問だわ」


「いや待て。俺をコイツと一緒にするな。俺はただ巻き込まれてるだけで――」


「わかってるわよそんな事。でも優ってばいっつも付き合って一緒に行っちゃうじゃない。腕のこともあるし、優と一緒にりこちゃんまで着いて行っちゃうからあんまりしない方が良いと思うわよ。そういうこと」


 随分と心配性なものだ。まぁ実際俺もりこが夜遅くまで出かけるハメになってしまうのは良くないと思っていたところだし、というより俺も佳奈美と同じくオカルトは好きじゃないからここらがオカルト部との縁の切り際だろう。


「というわけだ。悪いが俺は帰らせてもらうぞ」


「……まぁどうしても行きたくないってんなら俺も引き止めやしないけどよ。まぁでも俺も一応お前の事考えて場所選んできたんだぜ。ホラこれ。見てみろよ」


 と言いながら賢治が取り出したスマホの画面を見てみると「運命の人と出会える? おすすめパワースポット、猫鳴岬」なんていう怪しい文言が映し出されていた。

 コレは心霊スポットというよりパワースポットなのでは? 明らかにサイトにもそう書いてある。これはオカルト部的にはOKなのだろうか。


「お前な……俺を何だと思ってんだ……」


 俺はため息をつきながらスマホを机の上に置いた。俺の為に選んだってその結果がコレか? いや確かに現在彼女は居ないが。


 俺の言葉に賢治は何を言っているのかとばかりに目を瞬かせた。


「あ? 何って……いつもクールぶってるけど実際ただの童貞だろうがよお前」


「童貞童貞しつこい野郎だな全く……。あ? なんぞこのページ」


 スマホに手が触れてしまったのか、どうやら紹介サイトの隠しリンクを踏んでしまったらしい。隠しリンクって一体何年前のサイトなんだっていう話だがどうも心霊スポットを紹介しているサイトではだれもかれもが私有地などに押し寄せないように概要等は載せつつも具体的な場所自体は伏せられていたりする物があるらしい。多分これもその一環だとは思うがそれにしても隠しリンクとは。


「んー? なんだコレ?」


 【神熾山(かみおきやま)】ページにはでかでかとそう書かれていた。

 今までのページのアフィリエイト染みた雰囲気と異なり、突然白背景に黒文字だけとシンプルなページに飛んだので若干面食らっている俺をよそに賢治は面白い物を見つけたと目をキラキラさせながらページの中身を滑々(つらつら)と読み上げていく。


「えーとなになに……。神熾山は生者と死者が交わる場とされており、死んだ人ともう一度出会う事が出来る奇跡の場所であると言い伝えられている。だってよ。場所以外の情報は全く載ってないし……うへー、東北だって。随分遠いなぁ」


「神……熾……?」


「あん? どうした? 優?」


 ――死んだ人と出会える。


 いつもの俺ならくだらないと吐き捨て、そしてそんな事はあり得ないとページの作成者をあざ笑っていただろう。


 だが、神熾は。あそこだけは俺にとって特別な場所だった。


「行こう。賢治」


「あ? どうしたよ急にやる気になって」


 神熾山――そこは、俺とりこが両親を失った最悪の場所だった。

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