硝子玉
雨上がりの街で硝子玉を拾った。
人さし指と中指でつまみ、光にすかして見てみると、中には小さな世界が広がっていた。
小さな森と小さな川と小さな野と小さな家と小さな人が、ひとつずつあった。
右手でつまんでいた硝子玉を、左手のひらに置いてみる。世界の中の小さな人は、川辺で、紫色の花を摘まんで花の冠を作っていた。金色の長い髪が光にきらきらと輝いていて、その人がとても幸せそうに微笑んでいるから、僕の頬は少しだけ赤くなった。
そのとき僕の手のひらの上で、こんにちはと声がした。小さな人が言ったのかと思ったけれど、彼女はただ微笑んで冠を作っていて、僕には気づいていない様子だった。
でも挨拶をされたから、首を傾げながら、僕もこんにちはと挨拶をした。
君は何? 尋ねるとそれは、世界だよ、と答えた。
挨拶をしたのはそれ自身だった。
白く裾の長いワンピースのその人は、花の冠を作り終えたようだった。出来上がった冠を、輝くその金の髪に乗せ、小川を覗き込んだ。彼女は水面に映る自分を、正確には自分の頭の上に御座す冠を見て、嬉しそうに微笑んだ――
それと、ああ疲れたと世界が言ったのは同時だった。
何が疲れたんだいと訊くと、ここにこうしていることがさと答えた。
疲れることなのかいと尋ねれば、それはそうさとそれは言った。君だってずっと同じいすに同じように座っていれば疲れるだろう? と尋ねるから、僕はそれもそうだと納得せざるを得なかった。
そして変わりたいと思ったなら、それは変わるべきときなのさ。と言うと、それは突然に変革し、ぐにゃりと曲がって固まった。まるで僕らが他愛なく伸びをするように、世界は一瞬にして形を変えてしまった。
それがとてもとても悲しくて、どうしてと僕が尋ねると、そうあるべきだからなのだとそれは答えた。
そんなの嫌だと僕が言うと、それはぱきりと音を立てて壊れてしまった。
ならば君とは相容れぬ、との言葉だけを残して。
僕はその欠片を拾い上げる。
光にすかして見てみると、その欠片の中でまた新しい世界が始まっていた。