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第8話 作戦会議Ⅱ



「妹さんはどうだった? だいじょ――――なに、それ?」 


 リビングに戻ってきた俺に対して、麗佳は怪訝な表情を向ける。




 いや、正確には俺の傍らにある、もっそりと動くダンボール箱に疑問を持っていた。




「いや、まあ気にしないでくれ。ここにあるダンボール箱は今、ここにいないものだと思って扱って欲しい」




「すっごい無理な注文じゃない?」




 まぁ、俺の傍らにあるダンボール箱はたえずもそもそと動き続けているほか、中からはくぐもった息継ぎが聞こえてきており、さらにはたまに奇声のような小言を轟いてくる。




 最強のスニ―キングアイテムである段ボール箱(通販サイト利用により妹の部屋にうず高く積まれていたもの)でも妹の気持ち悪いオーラを隠すのは無理があったらしい。




「実はな……」


 俺は麗佳に事のあらましを説明し始める。




 乃雪が言うにはファンとして、憧れの存在である麗佳が家に来たなんて機会は見逃せない。


 しかし、対人恐怖症を拗らせに拗らせている為、一緒にいるのは緊張する。




 その為の苦肉の策がこれだ。一緒に会うのは引きこもり的に無理があるけれど、一緒にいるという空気は共有したい。




 ……なんの意味があるんだろう、これ。






「そうなのね。妹さんが私の事、知ってたのは嬉しいわ。ありがとう、えっと……」




乃雪ののだ」




「じゃあ乃雪ちゃん。いつも応援してくれて、ありがとう」




 ダンボール箱(in乃雪)にそう呼びかける麗佳。




 その瞬間、ダンボール箱が強烈に微振動し始める。




「おおぉっ、おおおおおおおお!!!!」




「え、なに、どうしたの? ね、ねぇ、円城瓦君、妹さんってば、どうしたの?」




 瞬間、俺のスマホには『ヤバい』『感動し過ぎてゲロ吐きそう』『言語野が悦びに満ちている』『語彙が失われる……あ、……うたは……うま……』などのメッセージが次々と届いた。




「大丈夫だ。喜びすぎてゲロ吐きそうらしい」




「それは大丈夫なのかしら!?」




「問題ないから安心してくれ」


 それでも心配そうに見つめる麗佳。




「……お前って実は良いやつなのか?」


 そんな彼女を見ていると、ふと口からそんな言葉が飛び出す。




「え、なによいきなり」




「いや、お前のそれは演技には見えないなって」




「演技って……。そんな訳ないじゃない。どうしたのよ、いきなり」




「いや、芸能人って有名になればなるほど、性格悪い奴しかいないものだとばっかり」




「偏見が過ぎるわ……」


 溜息を吐いたあと、麗佳は言葉を続けた。




「それより、明日からどう動くかを話し合いましょうよ」


 面映ゆい様子で顔を赤くしつつ、麗佳は本題に入ろうとする。




 今日の作戦会議の目的は明日からどう動くか、その方向性を決めていくことだ。




 二人で動けるとは言え、普段の俺には大した戦闘力はない。さらに言えば麗佳もまた、無敵とまでは言えないようである。でなければ、俺に負けるなんて有りえない。


 いや、と言うよりも……、俺は一つの仮説にたどり着いていた。




「麗佳、作戦会議の前に一つ確認したい」




 麗佳は俺の想像以上に有名人で、その知名度を活かせば本来は俺になど負けるはずがない。


 それが負けた。さらに言えば、彼女は学内の事情――つまりは俺の悪評についてもほとんど知らなかった。俺の炎上についても、然りだ。他の対戦相手である姫崎は気づいていたにも関わらず。




「改まって、何かしら?」


 きょとんとすまし顔浮かべている麗佳に向かって俺は言う。




「お前、もしかして友達、いない?」




「ぐぅ――――ッ!!」


 ザクッと言うようなダメージエフェクトが見えたような気がした。



「円城瓦君、世の中には言って良い事と悪い事があるのよ……」


 いかにも傷ついたと言わんばかりの表情に多少なりとも罪悪感を抱く。




 とは言え、こればかりは確認しておかないといけないだろう。何せこれからの戦闘に大いに関係してくる事だし。




「いや、校内注目度が戦闘力フォロワーを左右するんだから、そこは聞いておかないと」




「でも、気のせいかしら。ちょっと楽しんでない?」




「ん。まあそこは否定できないな」




「えぇ……そこは否定して欲しかったわ」


 言いたい事はよく分かるが、ぼっちは他人のぼっち話を聞くのが好きなのだ。他人の不幸は蜜の味。そんな蜜吸ってりゃそら性格悪くなってぼっちにもなりますわ。




「うーん、でも友人関係ってちょっと面倒臭いのよね」




「続けて」




「露骨に食いついてくるわね……」


 麗佳はどうしようもない物を見る目で俺を見てくる。正しい。




「例えばね、クラスメイトの子にサインお願いされて書くじゃない? その日にはフリマアプリで転売されてたり」




「闇が深い」




「クラスメイトと一緒にカラオケに行くじゃない? そこで記念に撮ろうって言って一緒に撮った動画が、その日の夜には無断でSNSに上げられて、しかもバズってたり」




「あはははは!!!」




「微妙な顔されても困る話だけど、笑われたのは初めてでちょっと戸惑っちゃうわね……」




「まあ良いじゃんか。俺のくしゃみした時の変顔集がSNSや動画サイトに『脱糞顔』ってタイトルで上げられた上、フリー素材として切り抜かれ、あまつさえmad素材として使用されるよりはマシだろうさ」




「普通に地獄みたいな話がポンポンと飛び出す辺り、凄いわ……」




「自分の悲しい体験を話させたらにぃの右に出る者はそういないの」


 麗佳に続いて乃雪がダンボールの中でガタガタと動きつつ、そんな感想を述べる。




 どうでも良いけど、お前その状態でちゃんと喋れたのか。




 閑話休題。




「つまりお前がぼっちだった場合、知名度自体はともかく、フォロワーが伸び切らないのは当然って事だ」


 例えば同じく知名度の高い者がいたとして、ぼっちと友人の多い奴ではどちらがフォロワーが伸びるかと言えば、当然友人の多い奴が伸びる。




 フォロワーは単なる認知度のみで決まる訳ではない。好感度や嫌悪感なども数値に大きな影響を与えるのだ。




 だから例え学内のみで有名な奴であったとしても、そいつに友人が多く、多くの後輩から慕われるカリスマの持ち主であれば、全国的に認知度の高い麗佳詩羽が相手であっても、勝利する可能性は十分に有り得る。




 なぜなら例え麗佳が凄くて有名だったとしても、他人から見ればどこまで行っても所詮は他人。一方で友人、親友などの多い奴は必然として「身内贔屓」的に好感度が高くなる。それがフォロワーの高さに繋がる事もままあるだろう。



「そこで念入りな作戦を立てる必要があるんだが……、麗佳。お前はどうした方が良いと思う?」




「まず敵を見つけて奇襲を仕掛けるのがベストよね。それなら円城瓦君と私の数の利で圧倒できるもの」




「確かに。しかし、麗佳。その敵はどうやって見つけるつもりなんだ?」




「え? ……えーと、放課後に敵を釣れるのを待つ、とか?」




「お前、それ逆に奇襲されやすいって事、分かってる?」


 放課後に人気の少ないところで敵を待つなんて、それこそ自分がバトルロイヤルの参加者である事を露呈しているようなものだ。




 そういや、姫崎と戦っていた時も横槍で戦いに加わってきたもんな、こいつ。意外と脳筋なのか?




「まあ奇襲するってのは良案だと思う。つまりはこの戦いは相手を先に見つけて叩くってのが常道になる訳だ」




 ただし、問題になるのは敵の発見方法だ。




 なにせ学園の誰が参加者か分からない。確認するには今のところ肩に書かれている幾何学模様を見るより他にない。




「そう言えば、円城瓦君はどうやって私がさっき倒した女の子と戦う事になったの?」




「あー……、あれはちょっと特殊と言うかあっちが勝手に自爆しただけだからなぁ」


 先の姫崎のように自らペラペラと参加者である事を吹聴するような奴ばかりなら楽勝なのだが、そんな奴ばかりでないのは当然だ。




 あれは言わばイージーモード。本来なら相手の情報を探っていく過程がこの戦いでは必須だと考えられる。




「うーん……乃雪、なんか良い作戦とかあるか?」


 ガタガタっとダンボールが鳴る。どうも何か考えている様子だ。




「えっと、円城瓦君。話を振るって事は乃雪ちゃんもこの戦いの概要を知っているの?」




「あー……と言うか、さっきの炎上の件が俺に有利に働いたのは、大体こいつのお陰だ」




 実は妹である円城瓦乃雪は引きこもりを拗らせに拗らせ続けた結果、元々趣味の一貫であったネット工作技術に磨きをかけ続け、今ではネット論調の誘導からクラッキング行為までお手の下のプロ顔負けの技術を習得していた。




 今回の一件である炎上も彼女の工作なしには成功しなかったのは疑いようはない。




 件の火付け素材となった飲酒画像も彼女の手によるものである他、数々のSNS、知り合いを装ってのラインなどの通信ツールへの忍び込み、ネット論調の誘導、火消し行為に至るまでが彼女一人の仕業だと考えればどれだけ功績が大きいかが分かるだろう。




 そのような事をかいつまんで麗佳に説明すると、




「え、ほ、本当に!? 乃雪ちゃんって本当凄いのね、天才だわ」




 などと感嘆の声を挙げた。




「あ、えっと、その、あ、ありがとう……ござい、ます」


 ダンボール箱をガタガタと揺らしながら、彼女は震える声で言葉を返した。


 見る人が見れば怯えているようにも見えるが、兄には分かる。あれは大層嬉しがっている声だ。




「そう言うボタンがいっぱいついてるのって私、よくわからないんだけど……。でも、すっごい事なのよね、きっと」


 そんな事を口にする麗佳。どうも機械類は苦手であるらしい。現代人として生きていけるのか極めて怪しい。




「や、やったよ、にぃ。初めて、にぃ以外に褒められたよ。しかもあの麗佳詩羽さんに。これまで数ある炎上事件に首を突っ込んだ挙げ句、安全圏からしっちゃかめっちゃか論調の誘導して、火に油を注ぎ続けてきた甲斐があったよ。SNSアカウント撃墜王って掲示板で呼ばれていたのがこんな形で役に立ったの」




「うんうん、やったなー、てめぇそんな事しちゃ駄目だっていつもいってるでしょ、ぶっ飛ばすぞ夕飯は抜きだな」




「もうしないから許して、にぃー」


 乃雪のそんな声を受け、仕方なく許してやる事にする俺。ついでに今回の件にてサポートしてくれた事を加味してダンボール箱を撫でてやると「ぬっへっへ」と猫なで声が返ってきた。直接撫でてはいないのだが。妹はちょろい。




「……まぁ、こう言うのは普段の行いが物を言うの。にぃみたいなカースト底辺這いずり回り太郎じゃなかったら、こんな簡単に論調の誘導なんてできないから。さすがはにぃ、悪評に塗れさせたら右に出る者はいないよ」






「おう、褒めるな褒めるな。照れるじゃねーか」




「いや、どう考えても褒められてないと思うのだけど」


 そんな麗佳のツッコミなど聞こえなかったとばかりにスルーする。自分の悪評を見なかったフリにする事など朝飯前。でなければ毎日SNSに書かれる罵詈雑言だけで死ねるまである。






「それはそれとして。にぃ、一応SNSやら掲示板やらで参加者らしき人物がいないかは探って、ついでに学校に幾つか設置されている監視カメラの映像もクラッキングしてみたの」




「相変わらず平然と高校生離れした事するなぁ……。それで結果は?」




「成果はなし。さすがに姫崎さんだっけ? あの人みたいな自己顕示欲バリバリの思考垂れ流しのちょろい人はいなかったの」




「そうか」


 さすがにあんな風に安易な事、そうそう起こり得ないか。つうか本当、口悪いなこの妹。喋り方がダウナーっぽいのにどうしてこうも口が回るのだろう。逆に凄い。




「つまり参加者、敵の発見に務める必要があるわけだ」




「……あっ、じゃあ体育の時間で肩の幾何学模様を確かめるのはどうかしら?」


 麗佳の発言を受け、俺は首をかしげる。




「いや、その考えは悪くないと思うんだが……。それだとクラスの連中、それも同性の奴しか分からないからな」


 着替え中での確認は基本中の基本ではあると思うが、できればもっと広い範囲で確認する方法があれば――――




 そんな中、俺はとある方法を思いついた。




「――――そうか。多くの生徒に対して確認できる機会があるじゃないか」


 そして、二日後。俺たちは作戦を実行する事に相成った。





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