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第7話 妹


「えっと、……ここ?」

 おずおずと言った様子で、麗佳うららかは案内された先にあったマンションを指差した。


「ああ、ここで間違いない」

 住宅街の一画で一際存在感を示す大きく屹立したマンション。それが俺の家に相違なかった。


「一応、女子として確認しなきゃなんだけど……間違っても変な事しないでよね」 


 麗佳は自らの身体を庇うように両手で抱きしめる。なんだろう、そのポーズはかなり逆効果だと思う。だってなんだかエッチだし……何考えてんだろ、俺は。


「いや、円城瓦君にそういう男の甲斐性があるとは思えないけれど」


「まあその通りなんだけど、悲しくなってくるな、それ」

 男どころか人間としての甲斐性がないまである。


「それに、今は力も使えなくなってるし……」

 麗佳はそんな事を口にする。


 フォロワーによる神様の力の恩恵は現在、受けられない状態にある。

 何故なら「神様」の力の恩恵が受けられる範囲は学園内に限るそうだ。

 


 その辺りは神様が学園内にて奉られている事と関係しているらしい。まぁ俺としても24時間敵から狙われるような状況は避けたいので、これは素直にありがたい。



「安心しろ、家には妹もいる。と言うより妹がいるからさ、作戦会議はここでやりたい。心配なんだ」


 こう言っちゃなんだが、うちの妹はまぁ生活力が無い。あんまり一人にしておくのも怖いので、できるのであれば早めに帰ってやりたい。


 それに今日は早めに帰ってお礼を言いたいところでもあるし。 

「ふーん……シスコンなんだ」


「その通りだ、なんか悪いか」


「いや、ケンカ腰で来られても」


「いやな、世間一般で何故シスコンが忌み嫌われているのか常々理解に苦しむんだよなぁ。あんな可愛い生き物がいたら、そりゃ可愛がりもするさ。人間だもの」


「うーん、そういうとこが世間一般に受け入れられないんじゃない?」

 仰る通りだった。どう考えても今の俺はキモかった。


 でも、まぁいいや。妹は可愛い。これは正義だ、仕方ない。



「ん? 家には妹だけ? ご両親は御在宅じゃないの?」


「いや、今は妹と二人暮らしだ」


「へー……両親の仕事の都合とか? それにしては随分と立派なマンションで暮らしてるのね。ご両親はどんな仕事をしてるの?」


「あー……」

 俺は少し言葉を濁しつつ、言う。


「悪いが、その辺の事情は聞かないでくれるか。あまり話したくないんだ」

 こういう事を言っては気にされると言う事が分かっていながら、それでも壁を置いた。


 正直、この辺りの事情は話したくない。嫌な事を考えてしまうからだ。



「ん」

 すると、麗佳は真面目な口調で言った。


「ごめんなさい、事情は人それぞれよね。今後は聞かないようにする」


「悪いな」


「良いのよ、誰にだって聞かれたくない事くらいあるわ」

 そう口にする麗佳の表情に陰が刺したような気がした。


 まぁ、こういう事を「聞かない」の一言で終わってくれたらこちらも気が楽だ。


 こいつにももしかしたら俺のような事情があるのかもしれない。



 そして、俺は麗佳を引き連れてエレベーターを昇っていく。

 マンションの11階。111号室。それが今の俺の家だった。



 玄関のチャイムを押して、暫く待つ。大急ぎで鍵とチェーンロックを外す音が扉の向こうから聞こえてきた。


 そして、

 

「お帰りなさい。待ちくたびれたよ、にぃ」

 玄関が開いた先に立っていたのは、早朝ぶりに見た可愛らしい我が妹で間違いなかった。普段はダウナーな声色だが、今はちょっとだけテンションが高い。



 黒色の髪を二つのおさげにして束ねており、その毛先は膝くらいにまで達するほどの長さだった。肌は病的と言っても良いくらいに色白で、容姿は幼く、身長は年齢を考えれば驚くほど小さい。身長と反比例するように膨れた胸が、彼女の中では唯一年齢早々に育った部分だと言えた。

 ただし、それ以外の要素では成長を感じられず、抱きしめたら消えてしまいそうなほどの儚さを帯びていた。


 目を隠すほどの前髪の隙間から、くりくりとした可愛らしい目がこちらを覗き込んでいる。


 そして、

「ただいま、乃雪のの。それで、また新しい服買ったのか?」


「うん。可愛いでしょ?」

 妹である乃雪は、幼児が着てそうな小犬の姿をしたまま、ぐるりとその場で回転してみせる。



「まあ可愛いっちゃ可愛い」


 可愛いのは確かだが、どちらかと言えば小動物的な可愛さだった。




「でしょう。にぃ、なんだったらもっとノノを褒めてもらっても構わないんだよ?」




「ああ、さすがだ乃雪。可愛すぎて語彙に困るくらいには可愛い」




「褒めて褒めて、にぃの褒め言葉だけでノノの承認欲求を死ぬ程満たして。SNSで過激な自撮り写真載せて、囲いから『可愛い』のコメントシャワー浴びてるってくらいのレベルで褒め倒して」




「褒めに対する要求ハードル高くない?」




「ノノは凄い。モデル務められるくらい、おしゃれって」




「んー、それとこれとは別かなー」




「なんで? ノノ、いっぱい可愛い服、持ってる」




「持ってるって言ってもなぁ……」


 乃雪が持っている服と言えば、ほぼ全てが可愛らしい系のコスプレ衣装だ。オシャレかと言えば、ちょっと微妙だ。まともな服とか制服くらいしかないし。 ……つうか制服に至っては諸事情により着れないし、こいつ。



 とは言え、まあ乃雪にしてみれば仕方のない話ではあるんだが。




「ところでなんだが、乃雪。実は今日はお客さんがいる」




「……え!?」


 あからさまに怯えた表情を浮かべる乃雪だったが、構わずにドアの近くに隠れていた麗佳を玄関に通した。




「始めまして、こんな夜分遅くにごめんなさい。私は――――」


 麗佳が挨拶を言い終わらない内に、乃雪は野生の獣を彷彿とさせるスピードで部屋の奥へと引っ込んでしまった。






「あっ……」


 まあ、分かっていた事ではあるのだが。




「悪いな、麗佳。俺の妹――乃雪に悪気がある訳じゃないんだ。なんつーか、妹は極度の引きこもりでな」




「あ、そういう事なの……。えっと、幾つ?」




「ちっこいからそうは見えないだろうけど、高校一年生。一応、俺たちと同じ高校ではあるんだけど……、まあ察してるとは思うが学校には行けてない」


 俺の妹、円城瓦乃雪は筋金入りの引きこもりだった。




 元々、引っ込み思案な性格で俺以外の奴と楽しそうに喋っているところなんて殆ど見た事がなかったが、中学一年生の中間辺りから引きこもり気味になり、中学二年生からは登校拒否で、ほぼ引きこもりになってしまった。




 この辺りは俺の所為でも少なからずあるから、俺もあまり強く言えたものではない。



 ただ、それが俺の責任である以上、俺は彼女の事を救いたい。


 

 彼女の為にバトルロイヤルで勝利を収め、そして彼女のトラウマを払拭させて社会へと復帰させてやる。それこそが俺のバトルロイヤルでの願いだった。





「高校一年生……そう。えっと、怖がらせちゃって、ごめんなさいね!」


 妹である乃雪の大体の身の上を把握した麗佳は部屋の奥に向かって声大きめに言う。当然、返事は返って来なかった。




 本来なら事前に連絡を入れた方が良かっただろうが……、連れてきてしまったものは仕方ない。妹もこう言う事は一度や二度ではないしな。




 ひとまず玄関から居間まで麗佳を通す。麗佳は「乃雪ちゃんの邪魔になるなら帰ろうか?」と申し出たが、そこまで気にする必要は無いと通した。




 俺に客が来て居間に通している間、乃雪が自室に籠もっている事はそう珍しくない。


 


 そして、麗佳にお茶を出そうと準備している最中、


「ん? ……乃雪からか」


 スマホが震える。それだけで乃雪による呼び出しだと分かった。




「ちょっと外すぞ」




 麗佳の了解を取りつつ、乃雪の自室前に立つ。




「どうした? 挨拶できなかった事に関しては気にしなくて良いぞ」


 そして、ドアをノックしつつ、そう呼びかけてみる。




 すると、


「や、やばいよ――――にぃ」


 ドアを開けた瞬間、乃雪はその可愛らしい目をまんまるに開き、焦った表情を見せる。




「ど、どうした? な、なにがヤバイんだ?」


 俺の背筋に緊張が走る。何か彼女によくない影響でも及ぼしたのだろうか。




「にぃ、あの人……麗佳詩羽さんでしょ?」




「あ、ああ……それが、どうかしたのか?」




 すると、乃雪はたっぷりと息を吸いつつ、言う。




「ノノ、あの人のすごいファンなの……、すごい、すごいよぉ、にぃ、本物だ。本物の麗佳詩羽さんだぁ、存在してたんだぁ……綺麗、綺麗過ぎるよぉ、顔ちっさくて、腰細くて、声もやっぱり凄く綺麗なの……、さすがは時代の歌姫だけはあるよぉ……」


 物凄い言葉の圧で語られた。




「げほっげほっ!」


 しかも一気に語りすぎてむせ始めた。




 引きこもりは普段喋らないから、いきなり口動かすとむせたり、舌が回らなかったりする。普段、あまり知らない方が良い豆知識である。




「え、そこまであいつって有名人なのか?」


 俺とて麗佳詩羽が芸能活動をしていて、学内で結構な有名人だという事は知っていた。




 だが、俺自身彼女の芸能活動がどんなレベルであるかまでは知らなかった。






 正直、今も良くて地下アイドルくらいの有名度だと思っている。




 すると、


「え、にぃ、もしかして麗佳詩羽、知らないの? うわぁ……」


 こいつ無いわー的な目線を妹から送られる。




「くっ、普段の食事から掃除、洗濯、果ては着替えの手伝いから風呂の世話までしている要介護認定クラスの妹から、よもやそんな目で見られる日が来るとは思わなかった……ッ!!!」




「そこまでじゃないの……、お風呂と着替えはたまにしか手伝わせないの。ちょっとずつ一人でできてるの」




「いい歳こいてそれを手伝わされている兄の身になって、自分の状況をよく考えような?」


 まったく……だらしまいを持つと苦労させられる。




「でも、麗佳詩羽知らないのは無いよ、にぃ」




「そうなのか?」




「うん。ちょっと来て」


 そう言って乃雪は俺を部屋の中に招き入れる。




 乃雪の部屋は部屋の奥に大型のPCと複数のモニターがうぃんうぃんと排気音を発している以外は、ファンシーな色調に合わせられている他、ヌイグルミやコスプレ用の服がハンガーラックから下がっているところは女の子っぽい部屋にも思える。




 いや、別の観方をすれば、PC付近にある大量の配線や機械類が異質さを放っていて、カオスな部屋と化していた。




 いつ入ってみても、引きこもりと女の子らしさを足して二で割り切れなかったカオス感で充満している場所だ。




 あと、微妙に物が散らかってこそいるものの、全体的には清潔さを保っている。これは俺が定期的に掃除しているからだ。


 乃雪の部屋は放っておくと、ぬいぐるみとコスプレ服とがPC周囲に侵食し始め、カオス度が増しに増す。そうなる前に適度に掃除しているのだ。 






「これを見て、にぃ」




 ベッドの付近まで移動したの乃雪は愛用のタブレットを慣れた手付きでシュッシュと動かし、とある動画を俺に見せてくる。




 そこに映っていたのは俺でも知っている国民的音楽番組で、そこでは麗佳がソロで歌を披露していた。


 しかもその歌声と美声は俺みたいな素人が分かるほどの上手さと迫力で、彼女が飛び抜けて凄い存在というのがひと目で分かってしまう。




「ね、凄いでしょ?」




「凄いのは分かったが、あいつの知名度はどの程度のものなんだ?」




「んー、どれくらいなんだろ…。麗佳詩羽さんって学生の身だからって、それほどイベントとかツアーとかやってないからなぁ……。でも小規模ながらイベント開催した時は間違いなく箱埋めてるし、一回ショッピングモールの小規模イベントに出た時なんかニュースに取り上げられるくらいの交通渋滞引き起こしてるからね。まとめサイトとかでも『麗佳詩羽を見たら、近くに千匹のファンが生息していると思え』とか『大規模渋滞を引き起こす程度の能力を所持する女』とか『脇からファンを生む女神』とか色々言われてたよ」






「最後の色々おかしくない?」


 とりあえず俺が思っているよりも数倍知名度を持つ奴であったらしい。




 これは、まあ仲間としては心強い限りである。




 つうか俺も炎上したとは言え、よく勝利できたものだ。


 ……いや、本当に勝てるものなのか?




「でも、今はちょっと活動休止中なんだって」




「本当か?」




「うん。なんでも『学業に集中するため』だとかって。まぁ色々憶測は広がってたけど……、ひとまずは周囲もファンも見守りモードっぽい」




 成程。休止中で話題性としては落ち着いているから、目下炎上中だった俺とでどうにか勝利できたと言うことだろう。




 さらに言えば神様による効果――神域の届く範囲は学園内に限る。つまり注目を集める対象は普段から学校敷地内に存在している人間のみに限られてる、らしい。




 これが全国全てを含めれば圧倒的な敗北だった事は間違いないだろうが、校内に限れば俺にも勝機があったという事だ。




 転じて見ればそれだけ人気を集める麗佳でさえ無敵という訳ではない。場合によってはあっさりと敗北の憂き目にあう事も有り得るという事だ。




 つまり、例え最強クラスの味方だと思われる麗佳詩羽を味方に引き込んだとしても、しっかりとした作戦を立てる必要性があるのだ。




「それで……、乃雪、俺はそろそろ居間に戻るぞ。客も待たせてるしな」


 そう言って、部屋から出ていこうとすると、




「ちょ、ちょっと待ってにぃ」


 乃雪が俺の服の裾をちょこんと摘み上げる。




 そして、乃雪は俺へと上目遣いを向けてくる。あざとすぎるが、故に王道。




 瞬間、スマホを取り出して写真を撮っていた。




 パシャッ。




「なんだ? そんなあざとい仕草で俺を引き止めようとしても無駄だぞ。兄はそんな事では止められないからな。めっ」




「写真撮った上でそういう兄の威厳見せようとするのはちょっと無理だと思うの」




 くッ、だって可愛かったんだもん!


 妹のシャッターチャンスは見逃さない。兄としては当然の責務だ。




「それよりも、だ」




「強引に話を進めるの……」




「何か用が無いなら俺は行くぞ」




「待って、用ならあるの」


 そして、乃雪は自らの主張を話す――――



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