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第75話 茶番



「お前は……また、とんでもない事をしてくれたな……」


 天城との試合を終えた俺は、ゆっくりと彼女――麗佳詩羽へと近づいていく。




「ええと、……その、なんか、ごめんなさい」




「……いや、まあ、その……正直、助かった、と言えなくもないと言うか……。ひとまず、お礼を言っておく。ありがとう」




「…………うん」


 そして、俺と麗佳の間に気まずい沈黙が流れる。




 と言うより、俺はどういう顔をして彼女の前に立っていて良いか分からなかった。




 つうか俺はこいつと一体何を話せば良いのだろうか。と言うよりいつもどんな話をしていたのだろうか。




 そんな沈黙の中、不意に麗佳が口を開く。




「…………それで、どうなの? 円城瓦君」




「どうなのって……」




「さっきの私の告白……。貴方はどう思ったの?」




「どうって……」


 どうしても言葉を濁してしまう。




 と言うかまだ天城と戦った直後。つまりギャラリーの視線がグサグサと俺に突き刺さっているのだ。




 こんな場所で俺は一体どんな返事を返せば良いのだろうか……。




 そして、俺はこう言い放つ。




「と、ところで……バトルロイヤルの参加者は残りお前と俺の二人って事になった訳なんだが……どうする、戦うか?」




「…………え、う、うん。ううん?」




 天城はそんな返答を返した俺に対して、まるで苦虫でも噛み潰したかのような反応を返す。




「そんな事より今は早くさっきの……その、告白の返事が欲しいんだけど……」


 辿々しい言葉ながら、そんな事を言う麗佳。




 どうやら先程の話の続きをしたいらしい。




 そりゃあ……まあ、そうか。




 あんな衆人環視の前で大胆に過ぎる告白をしたのだ。結果を聞きたいのは至極当然の話だろう。




 だが、俺としては大きく分けて二つの理由により、今ここでその話はしたくなかった。




 




「……いや、ちょっと待て。バトルロイヤルの件は大事な話だ。まずはそこをスッキリさせないか?」


 理由の内の一つは無論、バトルロイヤルの趨勢が気になるからだ。




 天城を倒した俺にとっては、今この時は乃雪を救えるかどうかの瀬戸際。




 これについてまずはスッキリさせておきたい。これは嘘偽りのない本音だ。




 だが、麗佳の表情は更に険しくなっていく。




「その……分かるわよ、円城瓦君。貴方にとってはとても大事な事には違いないわ。で、でも……その、私も気になるのよ。だから……」




 寂しそうな目線を向けながら、麗佳は言う。




 ……いや、まあ気持ちは分かる。分かるんだが。




「……どうしても、今じゃなきゃ駄目か?」




「……その、円城瓦君、もしかして……。い、いや私も勝手に盛り上がっちゃったかも知れないわね……。その、良いのよ。もし……その、あ、あれだったら、素直に振ってくれても。あんな事をやったのは私なんだし、もしそうだったとしても仕方ないもの」




「い、いや待て、麗佳! そうじゃない、そうじゃないんだ! さっきも言ったが……お前の気持ちは嬉しいし、普通にありがたいんだ! あの最後の炎上……決め手がなかったら普通に俺は天城に負けてただろうし、それに関しての感謝は本当だ。嘘じゃない。だから……返事はする、するが……」




「じゃ、じゃあ……どうして、今すぐじゃ駄目なの?」




「そ、そりゃあ、お前――――」


 俺はちらりと周囲に視線を向けた。




 そこには俺と麗佳を見つめるたくさんの視線。目、目、目、目、目……注目度を上げに上げた弊害が発生していた。




 何せ現在、俺は天城を倒した直後。さらにバトルロイヤルという超常現象を発生させた張本人だ。ここで皆が空気を読んで、視線を反らしてくれる――――なんて事がある筈がない。




「つまり、その……分かるだろ? その、な…………は、恥ずかしいんだよ」


 俺は絞り出すように言葉を吐いた。




 全校生徒の前で、公開告白――――




 字面だけでお腹いっぱいだ。青春アンチごときにはあまりに手に余るイベントを前にして、俺は完全に尻込みしてしまっていた。




 いや、つうか……普通無理だろ、これ。




「わ、分かるわよ、円城瓦君。……で、でも……、その……それは、ズルくないかしら?」




 しかしながら、俺は麗佳の反論を受けてしまう。




「な、なんでだよ……」




「だ、だだだって……。その、私も皆の前で言ったんだから…………貴方に、その……す、すす好き……だって」




「ま、まあ、そうだけど……」


 無論、麗佳の弁は正論だ。返す言葉はそう多くない。




 しかし、照れた頭で思考が続かない俺はわずかな逃げ道に逃げようと続けて言葉を吐いてしまう。




「い、いや……でも、それは、お前、あれだろ……炎上に必要だったからでさ……。一方、俺には今言う必要性は無いだろ……」




 麗佳の告白は大炎上の条件の一つだった。だから麗佳はあの場で告白してくれたのだ。




 一方、俺がここで告白の返事をする必要性はない。




 あまりに陰キャ丸出しの反論ではあるが、一応の筋は通っている……筈。




 しかし、そのあまりに逃げ腰な俺の言葉についに麗佳は言葉を荒げ始めた。




「いや、……いやいやいや! 分かるわよ、円城瓦君、分かるわ! 確かに私の告白は必要性があっての事だった! けれど、別に必要性があったからって、それだけの話じゃないのよ! 勿論、貴方への気持ちが無ければ私だってそんな事はしないわ。それにね、円城瓦君! あんな大胆で恥ずかしい事、私だって好きでした訳じゃないのよ。それに……あんな事をしたら不安に思う気持ちも分かるんじゃないの!? 私だってあんな事したら貴方に嫌われるかも知れないとか、嫌がられるかも知れないとかそういう事を考えなかった訳じゃないの。そういう事を考えた上であんな事をあの場で言ったのよ? そんな不安を覚える私の気持ち……分からないかしら?」




「いや、わ、分かるぞ、麗佳。それに何度も言うが、あれが本当にありがたかったんだ。ありがとう、マジで。助かった! けれど、不安と言うなら俺もそうなんだぞ! 俺だってバトルロイヤルの事が気になって仕方がない! ここまでやって来て乃雪が救えなかったら……、俺はあいつに一生顔向けが出来ないんだよ! そういう意味でそっちを先に優先したい……分からないか、俺の気持ちが!!」




「分かるわよ! けれど、返事なんて数秒も掛からないじゃないの! 好きか嫌いか……そうじゃないの!? それに貴方、私の叶えたい願いは知っているじゃないの! 歌手に復帰するって決めたんだから、どう考えてもここで貴方の願いが反故にされるって事が現実的にあり得るかしら!?」




 確かに麗佳の言うことには一理ある。




 以前、麗佳が口にしていた本当の願いとは『歌手になったという事実そのものを消し去る事』だった筈だ。




 であれば願いを叶える事そのものの意味が消失したのは間違いない。




 正直、麗佳が正しい。それは間違いない……間違いないのだ……。




 だが、いや、もうハッキリ言って恥ずかしすぎる。




 ちょっと視線を外せば未だにたくさんの奴らがこちらを見ている。高まりに高まったフォロワーによって、見ずとも雰囲気で死ぬほど注目を浴びているのが分かる。




 だが、麗佳は麗佳でそんな俺の戸惑った雰囲気を感じ取ってしまう。




「もう、何よ! 気持ちを口にするだけじゃないの! それとも何!? こんな所で平然と好き好き言う私を恥ずかしい女だとそう思っているのかしら!? 私だって、吹っ切れただけで普通に恥ずかしいんだからね!? それが何よ、円城瓦君だけ逃げようなんてズルいわ! 私だって貴方の勝ちに貢献したんだから、少しぐらいご褒美を貰っても良いんじゃないかしら!」




「そりゃお前の言い分も理解出来るが、何もここで言わなくても良いだろうが!! マジで必然性が無いんだから! ちょっとくらい返事を待ってくれたって良いだろうが! それこそ実葉は――――」




 感情の赴くまま言いかけた言葉を途中でしまい込む。




 しかし、それが大きな失言であったと俺は気付いた――――が、一度倒した水がコップには戻らないように、言い放った言葉は取り返しがつかない。




 一瞬、目を背け、もう一度麗佳の方へと目線を送ると、そこには目尻にうっすら涙を浮かべながらも、青筋の立っている彼女がいた。




 あ、……ヤバい。マジでヤバい。




「ふーん……それ、持ち出すんだぁ。ふーん、ほーん、へー……。円城瓦君、それはちょっとズルいんじゃないかしら。恥ずかしくて、頑張って、告白した女の子相手に、貴方は違う女の子と比べちゃうんだぁ。さすが円城瓦君ね、モテモテで凄いわね」




「い、いや、今のはマジで悪かった。失言だった。けれど、こっちの事情も少しは察してくれると――――」




「ああ、もう!! まどろっこしいわ!!!!」


 次の瞬間、麗佳が眼前でカカトおろしを繰り出しているのが見え、それを瞬間的に受け止める。




 その衝撃は受け止めた俺を通して体育館の床を大きくぶち抜く。




 かと思えば、麗佳は身体を捻って続けざまに蹴りを放って来る。




 あまりに強力な蹴りを喰らい、俺は体育館の端までぶっ飛ばされた。




 無論、炎上によって最強と化した俺にとっては精々虫に噛まれた程度のダメージだが……。それでも、蹴りを喰らった事への抗議を叫ぶ。




「お、おい! 何すんだ、テメェ! 俺じゃなかったら今の一発でノックアウトだぞ!?」




「円城瓦君レベルのフォロワーの高さで何冗談言ってんのよ! それより円城瓦君の態度、私はよぉーく分かったわ! 貴方がそんな態度なら私にも考えがあるんだからね! 当然、私は貴方に勝ちを譲るつもりだったけれど、……貴方がそんな風なら私は貴方に勝って神様に願うわ!! 『貴方に告白の返事を今すぐするように』って! そう神様に願ってやる! それなら貴方も逃げようがないわよね、そうよね!?」




「お、おいこの馬鹿! 何そんなくだらない事願おうとしてんだ!? アホか、テメェは!!」




「冗談に決まっているでしょうが!! けど、ここまで言っても返事をくれないなんて少しは酷いとは思わないの!?」




 そんな風に言いながら麗佳は次なる攻撃を繰り出してくる。




 それをギリギリのところで止めながら俺は思う。




 ――――ああ、そう言えばこいつ、キレたらこういう考えなしなところがあったなぁ、と。




 以前は舞島相手に嫌味を言われまくった直後、校舎を半壊させていた。




 さらに自分の地位などお構いなしの炎上事件など……、こいつはこういう面倒な一面が少なからずあったのだった。




 無論、これは俺が男らしくない故に起こった事であるのは理解している。




 すぐに返事をしない、俺が悪い。それくらいの理解はある。




 けれど、俺みたいな陰キャはああ言う場面にクソ弱い。




 なんでリア充って連中は簡単に告白出来るんだ? 自分の気持ちを素直に口に出来る?




 そういうのが苦手な人種もいるんだって分かって欲しいのだ。




 だからこれは陰キャとしての尊厳を守る戦いだ。




 麗佳の奴がそう来るのなら――――上等だ。




「上等だよ、麗佳詩羽。お前こそ俺に勝てるもんなら勝ってみろよ。この炎上により培われた最強のフォロワーを持つ、最強の陰キャことこの俺になぁ!! こうなったら実力でお前に勝って、俺は先へ行く!! それまでお前に返事なんてしてやらねぇからな!!」




 こんなしょうもない事、どちらの益にもならない。そんな事はとうに分かりきっている。




 だが俺にもプライドってものがある。あちらがあそこまで我を通そうとするなら、仕方のない話だ。




 今後の事を考えれば――――ここでハッキリしておかなければならないだろう。




 最強の陰キャである俺、円城瓦太一と、天下の女子高生歌姫である麗佳詩羽――――果たしてどちらが上なのかを。 




 そんな風に俺と麗佳による頂上決戦の火蓋が切って落とされたのだった。


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