第72話 前へ
「……実葉。悪いな」
「円城瓦さん、貴方らしくもない表情を浮かべないで下さい」
「…………え?」
「貴方はいつだって、クラスの人気者やリア充を相手に一歩も引きませんでした。陰キャである事を恐れませんでした。だから……だから、私は貴方を好きになったんです」
「実葉……」
「前を向いて下さい、円城瓦さん。私に陰キャでありながらリア充にも負けない、そんな格好いいいつもの貴方を見せてください!」
そう言って実葉はパン、と俺の背中を叩いた後、ボールを渡して去っていく。
――――そして、実葉から受け取ったボールを眺めつつ、思う。
俺は一体何を弱気になっていたのだろう。少し、天城に失望されたから一体何だと言うのだ。
俺は円城瓦太一。他人から失望されたり、嫌悪されたりするのなんて日常茶飯事だ。リア充とは対極の位置にいる究極の糞陰キャ、それが俺だ。
リア充を相手に恐れるな、前を向け。卑屈になっても、スペックで負けていても、心では負けるな。陰キャには陰キャの、戦い方がある。
陰キャがリア充に唯一勝っているところ――――それは、自らの世界に忠実で在るところ。自らの小さな世界を大事にする所――――それこそが、陰キャの青春アンチの挟持なのだから。
「……ありがとう、実葉」
ぼそりと礼を言いつつ、実葉のいる方向へと視線を送る。実葉が「頑張って」と小さく呟いたのをフォロワーの力で聞き取りつつ、勇気を貰う。
「くくく、あはははあはははは!!!」
俺は高笑いを浮かべ、実葉を見据える。一方で突然、高笑いを浮かべた俺に対し、周囲は冷たい表情を浮かべた。
「うわ……なんかいきなり高笑い浮かべ始めたけど、大丈夫? キモっ」「いや、頭おかしくなったの? 生徒会長相手にしてるからって調子乗りすぎでしょ」「うざっ、悪目立ちしすぎでしょ」
なんて批判が殺到し続ける。だが、俺はこれで良い。これで良いのだ。
変に取り繕って青春を享受しようとするから駄目なのだ。俺はこの立ち位置で良い。嫌われ者で良い。リア充になんて勝てなくても良いのだ。
「ほら、天城」
俺が天城に向かってふわりとボールを投げると、天城はそれを受け取る。
「さっきのは避けて悪かった。来い、次は絶対受け止める」
「ふふ、せっかくの攻撃権を相手に譲るなんて……けれど、それでこそ太一さんです。では、遠慮なく」
天城は先程のように助走の態勢を整えるや否や再び凄まじい勢いの助走と同時に、その勢いを全て込めたボールを俺へと放つ。
青春の弾丸が再び俺を殺さんと迫り来る――――
だが、俺もこのまま逃げているだけでは何も変わらない。変えられない。
次は奪る――――そう決意した最中、
「円城瓦君!」
先程まで閉じていた筈の体育館の入り口のドアが開き、中へと入ってくる人影。その声を、透き通るような彼女の声を俺が聞き間違う筈がない。
――――麗佳、麗佳詩羽だ。彼女がようやくここに姿を見せたのだ。
そして、気付く。フォロワーの恩恵により齎された思考速度の上昇がなければ、気付く事は不可能であっただろう。
天城の投げた青春の弾丸は、俺へと向かっているのは勿論だが、一直線上に進めば入り口にいる麗佳へと直撃してしまう。
天城のしまったという表情がボール越しに見える。仮にあのボールを受け止めきれたとしても、その勢いを殺す事が出来なければ俺の身体ごと麗佳に直撃してしまう。
ボールを避ける事はもう出来ない。そして、ボールに負ける事も赦されない。
稲妻のような速度で迫っているボールにも関わらず、この時だけはボールの速度がゆっくりに思えた。
今ならこの一瞬の間に何通りもの計算を可能としている――――ような気がする。
しかし、どれだけ考えても不思議な事にたどり着く判断は一つだった。それは俺が馬鹿だったからかも知れないが……しかし、この時はこれが最善のように思えて仕方がなかった。
「――――前へ!!!!!!」
避けられない、そしてボールの勢いに負ける事も赦されない。
そんな中で俺の選択した判断はボールに向かって進む事だった。
考えてもみれば天城は助走の勢いをボールに乗せている。であれば止まってボールを受け止めるのは不利に違いない。だからこその前進。前進した分の助走の勢いでボールを止める――――なんて事を考えきれたのはボールに向かって進む事を決意した後の事だった。
だからこの前に進むという判断には何ら論理的な思考は介在していない。
ただ、ただ――――麗佳を絶対に守らなければならない。そう思った時、身体が自然と前へと進んでいたのだった。
そして、俺は前へと進んだ勢いのそのままにボールへと拳を振り上げた。
天城の放った殺人的なボールの勢いは俺の拳を砕かんとしてくるが、足先から太もも、腰、肩、指の一本に至るまで。力を全身に行き届かせる。
自らを一本の矛とするかの如く――――ボールの勢いに負けそうになりながらもやがて拳を振り抜き、ボールを天城のいる方向へと振り抜く。
俺の膂力の乗った拳がボールを通して天城へと届く。
そんな俺の選択に対して天城は満足したかのように破顔するや否や逃げる事なく、キャッチングを行う。ボールを包み込むようにキャッチングした後、威力を空中に逃しつつ、自らも体操選手の如く何十回転もしながら、やがて着地した。
その瞬間、体育館が歓声で揺れた。
「うぉおおおおお!! 何今の格好良い!!」「アクション映画みたいだわ!」「さすがは俺達の会長だぜ!」「すげぇえええ!! 神過ぎだろ!!」
何度となく天城を称える歓声が上がる。……いや、俺を称える歓声は無いんですかね? 俺だって結構超人的な動きしてたんじゃ…………、いや理由は分かってますけどね、ええ。
しかし、まあ……最早天城の超人的とも言える力の前にはお手上げといった感じだった。
無論、諦めた訳ではない。陰キャとしてリア充を前にして敗北を認めた訳では決して無い。
しかし、俺の打てる方策は全て行った。全ての策はもう尽きた。
肩で息をして、天城を仰ぎ見る。彼女もまた、少々息は荒れていたものの、まだ余力を残しているという風だった。
畜生……なんて奴だよ、天城麗。まさか、ここまでとはな――――
「――――円城瓦君」
視界に入ったのは活発そうな見た目で、茶髪。凛々しい顔立ちをしたここ最近見慣れた美少女。
気付けば、天城が俺の元へとやって来ていた。




