第69話 開幕
球技大会Cブロックの試合は順調に進んでいた。
まず、相手チームにボールが渡った後、こちらのチームメンバーを数人倒すも、それによりボールが渡ればこちらも相手を数人倒す。
そんな風にどちらかが圧倒的に有利不利という訳でなく、良い勝負という感じだった。ただ、男女合同というのあって、ガチ試合というよりはわ―きゃわ―きゃー言いながらお互いにボールを当て合う。
例えるなら波打ち際でお互いに水を掛け合いながらきゃっきゃうふふするカップルのような試合内容だと言って良いだろう。お互いに本気でこそあるが、どちらかと言えば青春らしさを優先する。
男が相手チームの男を当てて良いところを見せると味方チームの女子から黄色い歓声が上がる。すると、あっちの男子も負けじとこちらの男子を当てる。かと思えばキャッチングで見せ場を作る。
青春という名の忖度が発生しあった場所、というのが正しいだろうか。
まあお互いに盛り上がって楽しむ分にはこれくらいが丁度良いのだろう。
一方、俺はと言えば外野に配置され、ボールが来たら隣にいた人気者の男子にボールを供給し続ける工場と化していた。こういうところで陰キャに活躍シーンが与えられる訳はない。
なお、天城もまた外野に配置されており、現在のところ大した動きを見せていない。無論、人気者にして完璧超人である事は周知の事実なので、俺とは違って幾人かの生徒にボールを当ててはいたのだが。
それにしても普通の試合だった。当初こそ俺と天城が出場する試合だけあってそれなりの注目を集めていたのだが、その内に興味が逸れ始めていた。
……まあ、こちらとしては注目は既に集め終わったのだ。このまま試合が終わってくれる方がこちらとしては都合が良い。
その内、両チームとも内野の人数が残り少なくなったところで、最初から外野に配置されていた俺と天城が内野へと移動する。
「ほら、クソ瓦は前に行って、さっさと当てられて来なよ」
一緒に内野に入っていた姫崎がそんな事を言いながら俺の尻を蹴る。とことん姫気質だなぁ、こいつ。なお、実葉も試合には出場しており、妙な影の薄さを発揮して内野に残り続けていた。
そんな中、天城へとボールが渡る。
「ふふ、そろそろでしょうか」
そう言って微笑む中、天城は腕だけを使って一見してみれば軽くボールを投げた。
すると、ボールはギュンと言う効果音が聞こえそうなくらいのエグいスピードで飛んでいったかと思えば、俺のクラスメイトの一人を反応すら許さずに撃破してしまった。
「…………は?」
皆が唖然とした様子でボールの行方を目で追っていた。ボールはクラスメイトの一人に当たった後、通常では有り得ない程大きくバウンド。奇跡的にも天城の報告へと戻ってきた。
「ふふ、戻ってきてくれました。計算通りですね」
「……お、おい、ちょっと? 天城?」
「次行きますよ」
俺の焦燥など無視つつ、続いて天城はほぼノーモーションのまま大砲から発射されたかのような速度でボールを放つ。そして、また一人、ボールによって撃破されてしまう。
天城の放つボールに当たった者はその場で倒れたまま、動かなくなった。ぴくりぴくりと痙攣しているところを見る限りにおいては間違いなく生きているのだろうが……、それなりのダメージを負っている事は間違いない。
そこでようやく事態を理解し始めた者達が口々に叫び始める。
「ちょ、ちょっとぉ!? 今、生徒会長がヤバいスピードでボール投げて無かった!?」「いや、今のボールか? どっかにスナイパーでもいるんじゃないのぉ!」「いやいや、でも間違いなくボールだって!」「いや、ドッジボールに許された速度じゃないでしょ!」「え、会長って何なの!? あんなナリして実はすっげー怪力の持ち主なの!?」「さすがは会長……神の申し子……」「いや、限度超えてるでしょ! 内野にいるうちら今からあれ当てられるんでしょ!?」
内野にいる俺達のクラスメイトは勿論、ギャラリーも気付いたのか、口々に目の前で起こったとは思えない光景について議論を交わし始める。
そんな中、俺は気付いている。天城が一体何をやったのかを。
「ちょ、ちょっと!? 生徒会長、どういうつもり!? そんなの使ったらあたし達――――」
「申し訳ありません、姫崎さん。これは仕方ないのですよ」
「ちょ、そんな!? ――――ひでぶっ!!」
天城のやっている行為に気付いたのだろう姫崎だったが、力を失い一般人に戻った彼女もまた、天城の投げたボールを顔面でまともに喰らい、ひゅんひゅんと回転しながら後方にぶっ飛ばされる。
最終的に姫崎は鼻血を垂れ流して間抜けな白目を剥き出し、舌を力なくべろりと放り出すという、女子高生としては周囲に絶対に見せたくないであろう不細工な表情を晒してしまっていた。
……うわぁ、俺とて姫崎には思うところが無いでも無いが……。あれは普通に同情するわ……。
「天城! お前、一体どういうつもりなんだ!?」
「太一さん。どういうつもり……とは?」
クスクスと笑いながら誤魔化す素振りを見せる天城だが、無論参加者である俺が目の前にいるにも関わらず誤魔化せたなんて事は思っていないだろう。
「お前、こんなところでフォロワーの――――『神様』の力を使うなんて……どういうつもりだ!?」
なんとなく――――なんとなくだが、予想していなかった訳ではなかった。
天城は球技大会実行委員の仕事を手伝い、さらにはその有能さから中心にまで食い込んでいた。きっと俺のクラスと自分のクラスを予選でぶつけるよう仕込む事くらい容易かっただろう。
さらに俺のクラスの委員長へと接触し、俺をこの試合に出場するよう仕向けた。彼女ほどの人物にお願いされればクラス委員長も意味など知らずとも動く。
だから、何かをするだろうとは思っていた。幾通り考えていた中の内、最も過激なプランであった事は否めないが。
しかし、それでも、俺は天城に問わなければならないだろう。事の真意を。
そんな俺の問いかけに対して、天城は答える。
「貴方と最初に話した時に言いませんでしたか? 私は皆の為に尽くせる存在になりたい、と。今回は尽くす先が神様で、その為の最善の方法がこれなのですよ」
「いや、いやいや! お前がこんなところで力を発揮したらただじゃ済まないぞ! 皆にバレるどころか、巻き添えになっちまう!」
そんな俺の抗議に対して、天城はまるで何でもないかのように、言う。
「嫌ですねぇ、太一さん。皆が犠牲にならない事は貴方も存じ上げている筈ですよ?」
そんな彼女の言葉を聞いて思い至るのは神様の力である『修復力』だ。幾ら校舎を壊してもすぐに修復され、参加者の怪我すらすぐさま治療してしまう。それを俺は何度かの戦いの中で、何度も目撃している。天城もまた、戦いの中でそれを知っている。
「いや、しかし、こんな事がバレたら――――」
「バレたら……どうなりますか? こんな事を何百人が目撃したところで、証拠が出ますか?」
「…………ッ」
分かっていた。何百人がこの光景を目撃したところで、証拠が無ければ世間は信じない。そして、証拠は出ない。何故なら俺達のこの力はこの上代高校限定のものであり、他では普通の人間に過ぎない。そして、神様の正体を証拠とする。そんなの無理に決まっている。
だが、しかし――――こんな事が本当に許されるのか。
高校生の青春の場を乗っ取り、バトルロイヤルの会場にしてしまうなんて――――
「私は皆が幸せになる為の最善の策を選びます。それは無論、貴方もその範囲の中に在るんですよ、太一さん」
「それは――――どういう意味だ?」
「これだけの注目度……私達のフォロワーは勿論、神様にもその注目度の一端は信奉として納められる。そして、神様はより強い力を得る。すると、どうなりますか?」
「……………………っ」
俺は彼女の言っている意味が分かった。
神様は言っていた。例え俺が優勝したとしても乃雪と俺、その両方を救う事は出来ない。俺をそれは受け入れ、乃雪の為だけに戦うと誓っていた。
だが、それは神様の力が足りないから。その前提が覆るなら――――
――――つまり、天城は敵である俺をも救おうとしているのだ。
「とは言え、太一さん。どちらにしろ、その願いが叶うのは貴方が私に勝てたらの話です。私が手を抜けば、貴方も手を抜いてしまう。反対に私が本気を出せば、貴方も本気で戦わざるを得ない。この場を神様に捧げる最高の場とする為には本気を出した私に貴方が勝って戴かなくては。それが私の生き方であり、今回のバトルロイヤルの目的そのものなのですから」
「…………な、なんて奴だ。なんて奴だよ、お前は」
「さぁ、太一さん。最高の戦いを始めましょう」
天城のその言葉を皮切りに、球技大会という名の人外バトルが幕を明けた。




