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第68話 布石の回収

 俺の頼み事の為に一度自宅へと戻っていた実葉が戻ってきたという事だったので、スマホで連絡を取り合った後に待ち合わせ場所へと向かう。


 待ち合わせた校舎裏には既に実葉の姿があり、俺は挨拶もそこそこに本題へと入る。


「悪いな、実葉。わざわざ取りに戻ってもらって」


「これくらいの事なら構わないですよ」

 そう言って実葉の差し出した物を俺は受け取る。


「そう言えば、円城瓦さん。もう一つ、伝言があります」


「伝言? 誰から」


「クラス委員長から、出てほしい出場試合の伝言です」


「ああ、それか」

 球技大会は全員一度は試合に出なければ、そのクラスは全試合終了後に失格扱いになると規定で定められている。出席の確認されている生徒名簿と照らし合わせての確認なので、俺は出場の義務が生じている訳だ。


 だから委員長も大して勝敗に影響のない試合を選んで俺を出場させようと踏んだのだろう。適当に出場して、適当にボールにぶつかってしまえばそれだけの事だ。淡々と仕事をこなす社畜のような感じで振る舞おう。


「ただ、それがその……少し引っかかる事がありまして」


「引っかかる事?」

 ええ、と実葉は頷く。


「どうやら貴方の出場する試合への打診をした方がいらっしゃるそうなんです」


「打診? クラス委員長でなくてか」


「えっと、そのクラス委員長に貴方の出場試合を指定してきた方がいるとの事で」


「は? 誰だ、それは」

 俺の出場試合を指定するなんて事に一体何の意味が……。そもそも誰なのだろうか。


 しかし、実葉の言葉を聞いて、俺は更に戸惑いが大きくなった。


「それが……あの会長――天城さんが貴方の出場試合を指定してきたそうで……」


「……天城が? 何の為に」


「それはちょっと分かりかねますが……」


 実葉の濁した返答に首を捻る。


 しかし、このタイミングで天城が何の企みもなくそんな動きを起こすのだろうか。


 何か策でもあるのか? ……とは言え、乗らない訳にはいかない。


 ここに来て新たな疑問が芽生えつつも、流れに身を任せるしかなかった。






 ※※※





「球技大会、優勝目指すぞぉ!!」


「「「おぉおおおおおおおおおお!!!」」」


 体育館の一角でクラスメイト達がトキの声を上げている。男も女も、普段仲良くしているグループから少々疎遠の者同士まで。皆が皆、一丸となって一時団結する。


 まさに青春らしい光景だ。こうして男女が手を取り合って見た目だけでも団結する事なんて人生の内でそう多い事ではないのだろう。社会に出れば否が応でも上下関係やギブアンドテイクが生じる。本当の意味でフラットな団結が出来るのは学生時代の時くらいに違いない。この光景が本当に貴重なモノだと気づくのは一体いつ頃になるのだろうか。


 そんな貴重な青春の輪の中には無論、俺の存在はない。青春アンチである俺にとっては、この光景は目に痛い。だが、加わるしかない。そう決意を固めて、このクラスメイトの団結を遠巻きに見ながら、俺は輪の中に割って入る。


「あ、クソ瓦、委員長の言っている通り、本当に来――――げぇええ!!」


 いち早く俺の襲来に気付いたのは、クラスの中心こと姫崎だ。そんな姫崎の悲鳴を皮切りに俺の姿を認めたクラスメイト達が次々と悲鳴を上げていく。


 俺の存在がとうとう見る者に吐き気を及ぼすようになった――――訳ではない。いや、最早そこまで嫌われているかも知れないが、今回の吐き気はそれに起因するものではないだろう。


「うっわ……円城瓦の格好見て……なに、あれ……」


「何であいつ――――メイド服とか着て来てんの…………?」


 クラスメイト達の困惑が声となって次々と上がる。


 そう――――俺は今、皆の着けている体操服ではなく、メイド服に身を包んでいた。


 ヒラヒラとしたレースの装飾がふんわりとした印象を与え、胸元がぱっくりと割れている。さらにミニスカートと、誰が履いたとしても露出の多い格好である事は否めない。それを履いているのが綺麗な女性であったならば、どれだけ良かっただろうか。


 だが、残念ながらそれを履いているのは男である俺だ。クラスメイトは勿論、周囲の者達も巻き込んで青春一直線だった筈の球技大会会場は一転して阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていく。



「げぇ……なに、あいつの格好、おえぇえええ!!」「うわ、あいつイカれてんだろ……」「何考えてんの……? ウケ狙いだったら寒すぎていっそ笑えんだけど。いや、笑えんけど。マジで」「きもっ、もう何をしてもこれ以上嫌いにならないと思ってたのに……ゴミに加えて変態とか、人間として最底辺すぎでしょ、あいつ」



 次々と俺への罵声が突き刺さる。当然ながら狙いの一手だ。俺の注目度の要因が嫌悪感であるならば、それを逆撫でするのが得策だ。会場に居た者達の視線を集める事で、フォロワーが急激に上がっているのが分かる。



 だが、この秘策の意味はこれだけには留まらない。



「……え、もしかして前に夜中の校内に出没するってメイドの噂があったじゃん。それってもしかしてこいつだったんじゃね?」



 そんな声が悲鳴の中からポツリと上がった。またたく間にその疑念は広がり、広がった結果、『あの“七不思議”の正体は円城瓦太一が夜中の校舎で変態行為をしていた結果』という事が公然の事実となっていく。


 これが俺の秘策についての本当の狙いだ。


 俺は勿論、あの七不思議の正体がイケない趣味に走っていた実葉の仕業であると知っている。しかし、この事実を知っている者は俺以外にはそう多くはいない。



 つまりこの七不思議への注目度は沈静化こそしていたものの、『一時期はホットだった話題』として残っていたのだ。



 これを利用しない手はない。さらにこのメイド服は実葉が元々使用していたモノで間違いない。これを用意して貰う為に実葉には一度、家に取りに戻っていて貰ったのだ。……無論、最低の変態である事は間違いないが、これで『七不思議の真実』についての注目フォロワーが手に入るなら占めたものだ。


 ……まぁ、実葉の許可を貰ったとは言え、かなり申し訳が立たない訳だが。とは言え、背に腹は変えられない。


 これにより俺への嫌悪感は更に大きく跳ね上がった。元々、あの一件について知らない、あるいは思うところが無かった者をも巻き込む事に成功しただろう。


 俺のフォロワーはこの一石二鳥の作戦で更に跳ね上がった。


 このタイミングでもう一つの布石も、上手く嵌っていく。



「うっわぁ、やっぱり円城瓦太一ってくっそ気持ち悪い陰キャだったんですね。もうルールとか関係なら帰ってくれませんか?」


 見知った声が阿鼻叫喚の一角から上がる。舞島だ。


「そういや舞島ちゃんって詩羽先輩が炎上した時だっけ? あの時、あのキモい先輩のとこ、行ってなかったっけ?」


「あー、あれ? わたし元々あのキモい先輩に言い寄られた事あったのよ。秒で蹴ったけどさ。だから、モザイク掛けられた写真もあの糞キモいオーラであいつだって気付いて、問い詰めに行ったのよね。わたし、元々詩羽先輩嫌いだったらけれど、流石にあれはないでしょって。したら炎上の件と同じく開き直ったクズな事言われるでしょ? それからは詩羽先輩のアンチから乗り換えて、あいつのアンチ。しかもあのメイド服とか、終わってるでしょ、実際」


「確かにそうだよね、あれは無いわ……」


「もう皆であいつ追い出しちゃおうよ。ほら、せーの! 『かーえーれ! かーえーれ!』」

 舞島は友人との会話の流れから、俺への罵りの声を上げ、皆を煽る。


 ここまで俺への不信感が高まった空間だ。その罵りのコールがこの場の「ノリ」となり、異を唱える者はいなかった。


 すぐに俺への嫌悪感が全体のコールとなって上がる。


 無論、これも俺の仕込みによるものだ。


 舞島は元々、一年でもカリスマ的な存在だし、元々のキャラは『麗佳詩羽の公認アンチ』という立ち位置だ。ああ言う批判的立場に在る事は手慣れている。


 声を上げるという事は周囲の注目を引きつけるという効果もある他、皆の一体感を高める事にも一役買う。



『かーえーれ!! かーえーれ!! かーえーれ!! かーえーれ!!』


 ……そんな『帰れ』コールの大合唱は、今や体育館を大きく揺らしていた。つうか想像以上に凄い事になってない? 適任だとは思っていたけど、舞島、誘導巧すぎない? あれ、マジで言ってないよな? そうだよな? な?


 とは言え、これで球技大会は『俺への不信感』が中心となった。青春アンチが場を支配したのだ。


 俺がフォロワーを集める為に出来る事はこれで全てやったと思う。これで後はつつがなく球技大会を終え、天城にぶつかる。


 これが最善の方法である事に疑いの余地はない――――筈だった。


 そんな俺の『支配』を簡単に突破してしまう――――そんな奴がいた。



 キ――――ン、と耳に痛いハウリングの音が体育館全体へと広がる。



『申し訳ありません。……ただ、一生徒への一方的な暴言は戴けませんよ?』



 マイクを片手に割って入ったのは誰であろう完全無欠の生徒会長、不世出の存在である天城麗だ。



「さ、さすがは生徒会長……あんなゴミにすら慈悲深いとか……人間出来てるな、ホント」「ああ、生徒会長はやっぱりあんなカスも見捨てないんだなぁ」



 そんな声が次々と上がる。この盲信的な声は最早信仰のそれだろう。



 俺の作った『支配』をこうもやすやすと突破してしまう……、さすがとしか言いようがない。




 だが、


「でも……あんな産業廃棄物なんかもう切り捨てた方が良くない?」「うん……優しいのは良いけど、優しすぎるのも限度があるよねぇ」


 そんな声も小さいながらチラホラと聞こえる。『支配』を破った代償はそう安いものではない筈だ。だが、それでも俺による『支配』が続くよりは良い。天城はそう考えたのだろう。



 だが、流れはまだ俺に傾いている筈だ。そう簡単に流れを切らす訳にはいかない。



「おい、天城。これから試合なんだから、邪魔だ。どけよ」


 そんな風に俺はぶっきら棒な様子で言う。俺は皆の前ではヒールで居なきゃいけないからな。これで少しでも嫌悪感が強まれば占めたものだ。


 そんな俺に対して、天城は言葉を返す。


「そういう訳には参りません。次は私達の試合でもあるんですから」


「…………何?」

 俺はろくに確認していなかった試合表を確認する。


 すると、俺達のクラスの対戦相手として試合表に載っていたのは、天城麗が所属しているらしいクラスだった。



 つまり、

「俺のクラスと天城のクラスでの対決って事なのか……?」


「ええ、その通りです」

 柔和な笑顔を浮かべる天城。


 この対決に何の含みもないと考えるほど俺は馬鹿ではない。そもそも俺をこの試合に出るよう指定してきたのは誰であろう天城麗なのだ。その試合の相手が天城。意味があると考えるのが極々自然な流れだろう。


「……どういうつもりだ、天城。お前、まさか――――」

 俺は思わずそう尋ねるが、天城はニコニコとした表情を崩さず、言う。



「すぐに分かりますよ」

 そんな含みを言う天城を止める術は今の俺には無かった。


 そうして、たくさんのギャラリーを集めたまま、上代高校球技大会の予選Cブロックの試合がスタートしたのだった。


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