第67話 天城の策略
球技大会は早速予選が行われる運びとなるが、俺は暫くの間はひと目に触れないように時間を潰す予定だった。
球技大会であるドッジボールの出場者は一チームにつき二十人と決められている。つまりクラスの半数程度が参加すれば良い事になっている。
一応学校行事の規定上、クラス全員が一度は試合に参加しなければならないが……、俺が出場するのはそれ一回だけで構わない。と言うよりクラスの総意が出来る限り嫌われ者である俺の参加を阻む事になるだろう。
となれば俺は球技大会が行われている間、その辺で時間を潰しとくしかない。そんな風に考えながら体育館から離れて校舎の辺りで昼寝でもしておこうと考えていた最中、
「……え?」
校舎の中庭辺りで誰かが倒れ込んでいるのが見えた。背格好を見る限り女子だし俺なんかが介抱すればまず間違いなく痴漢扱いだろうが、取り返しのつかない事になっては不味い。俺はすかさず女の子に駆け寄ろうとする。
すると、
「あ……あぁ、太一さん、ですか」
「天城……お前、そんなところで何をしているんだ……」
近づいたところで倒れ込んでいた女の子が天城麗である事に気付き、あちらも俺の姿を認めた。
「いえ、この三日間と言うもの、ロクな食べ物を食えていない所為か少々目眩に襲われまして」
「本当にお前は一体何をしているんだ……」
そう言えばこいつ球技大会の一件で散財して以来、金持っていないだったな……。
俺にも色々あった為かすっかり忘れていたが、こいつもこいつで大変な状況になっていたのだった。
「いえ、土日はお腹いっぱい食べられるものを探そうかと近くの山に山菜取りに出掛けたのですが」
「山菜取り」
最早女子高生から出てきた言葉とは思えず驚きを隠せない。
つうかそう言うのって勝手に採っても怒られないのか……?
「ああ、その辺りは大丈夫ですよ。私、比較的近くに山を持っていますので」
「どしどし聞いた事ない言葉が出てくるじゃん」
まあこいつの幼い頃の経験を聞く限りにおいて、元々実家は地元の有力者だったらしいし、そういう財産を所有していてもおかしくはないか。
「それで五時間掛けて山菜を取りに行ったんですが、結局行くまでに疲れて殆ど動けないわ山中で倒れて遭難しかけるわで散々でしたよ。ふふふ」
「いや、その『ちょっとした自虐話で笑って下さい』みたいな感じでは全然笑えない……」
いや、ある意味こいつは自業自得ではあるのだが……こうまで弱っているとさすがに放っておけない……。
「ちょっと待ってろ、購買で何か買ってきてやるから」
「好きです、太一さん」
ガバ、と立ち上がって俺の両手を掴み取る天城。
何だろう、この光景を他生徒が目撃したらそれだけでこいつのカリスマ性に曇りが生じるのではないだろうか。
そんな事を考えないでもなかったが、仕方なく俺は購買で複数のパンと牛乳を購入して戻ってくる。
「ありがとうございます!」
すると天城は俺の受け取ったパンを即座に平らげてしまう。
こいつもしかしてマジで死にかけてたんじゃないだろうか……。先程壇上に立っていた姿を見る限り、天城は本当に限界が来ない限りは取り繕う事のできるタイプなのだろう。こういうタイプはある時ふっとロウソクの火を掻き消すように死ぬだろうから、マジで怖い。
「ありがとうございます、このご恩は一生忘れません。お金はもう少ししたらお返ししますので」
俺のあげたパンと牛乳を全て平らげた後、天城は深々と頭を下げる。
「いや、別に良いよ。最初から奢るつもりだったしさ」
俺は幸いな事に金には困っていない。何せあの親父は言うだけあって金には一切不自由させなかったからな。たまーに乃雪がアホみたいな散財をする事もあるが、それでも然程生活に支障の出る事はなかった。
……まぁ、そんな生活も下手したら失いかねない訳だが。
「いえ、私も内職を増やしましたし、割の良いあるばいとも見つけましたので」
「それもしかして怪しいバイトとかじゃねぇだろうな」
「そんな事はありませんよ。ちょこっとだけ薬を飲んで、その感想を提出するというだけの簡単なお仕事だそうですから」
「一応お前の為を思って言っておくが、そのアルバイトは絶対にやめておけ」
「ふふ、冗談ですよ」
もっと真っ当なお仕事ですから、と天城。かなり追い込まれているだろうに呑気な奴だ。
無論、それが異常だという事なのだろうが。
「私の事はともかくとして。太一さん、随分と大胆な事をしたようですね」
「……やっぱりお前も知っているよな」
無論、俺が『炎上』した例の件の事だ。
耳の早いこいつの事だ。あの件について知らない訳がない。
「ええ。まだ電気は止められておりませんので、ギリギリ通信機が使えましたから」
「お前は切ないエピソード抜きには会話出来ないのか」
「…………? 私、何か変な事言いましたか?」
「切ないという認識すらない…………ッ」
こわっ、何こいつ自分が追い込まれているという自覚すら無いのかよ。
……まあ、こいつはどこまで言ってもそういう奴なのだろう。それはもう知っている事だ。
だからこそ、炎上で最強となった俺を相手取る事ができるのだから。
「さりとて――――良いのですか?」
「……何が、だ?」
俺の問いかけにちょっとだけ眉を潜めながら、天城は言う。
「あんな事をしてしまっては貴方はもうまともには生きていけないのではないですか? 少なくとも貴方の『炎上』は今後の人生の重荷になりますよ」
「良いんだよ」
神様にも同じ事を言った。無論、こいつにも同じ事を言う。
「俺は妹を救う為に戦っている。妹が救われるならそれで良い」
「さすがは太一さんですね。それでこそ私もやり甲斐があるというものです」
ふふふ、と不敵な笑みを見せる天城。
こいつに交渉の余地がある、なんて事は俺は思っていない。
他人の為に一切合切を顧みず全てをなげうつ事のできる奴だ。手加減などする筈がない。手加減しなければ俺も加減する事なんて出来ない。
それでこそ神事を盛り上げられる――――こいつはそう考えているのだから。
「とは言え」
そんな中、天城は言う。
「神様にもっと力があれば…………良かったですねぇ」
「それはしょうがないだろ」
神様もそんな事を言っていた。自分に力が足りない所為で俺を救う事ができない、と。
でも、そんな事は既に仕方のない事だ。サイは投げられてしまったのだから。
「…………」
すると、天城は無言のまま顎を触る。何やら考え事でも始めたらしい。
「どうした? また何か良からぬ事でも考えているのか?」
「…………あ、いえ。そうですね」
天城は俺の言葉で我に返った後も心ここにあらずという感じだった。
「……ちょっとした事を思いつきまして。リターンとリスクの収支について少々」
「お前はまだ何かやらかすつもりなのか……」
正直、もう注目度は頭打ち。これ以上のフォロワーが上がるとは少々考え難いが……、しかしこの化物の事だ。何をしてもおかしくない。
すると、
「大丈夫ですよ。私にこれ以上の策はありません。ただ、アプローチを変えるのも良いかと思いまして」
「……アプローチ?」
ええ、と呟く天城。……悪い予感しかしない。
「それでは、本日は楽しみにしていますよ。ごちそうさまでした、太一さん。それでは」
そんな事を言い残して、天城は去っていく。
俺はあいつに、あの化物に勝つ事が出来るのだろうか。
そんな一抹の不安が過ったものの、次の瞬間には頭を振り払って無理やり疑念を吹き飛ばす。
最早、やるしかないのだ――――だから。
その前に打っていた『布石』をきっちり回収しないと。




