第66話 勝利への布石②
「……先輩」
教室での片付けを終えて体育館へと向かっている途中、俺は小さな声で呼び止められる。
「ここです、ここー……」
俺を呼び止めた声の主であるところの舞島が、物陰からこちらへと手招きをしていた。
俺は肩を竦めつつ、彼女の元へと向かう。
舞島は俺を目の前にした後、やがて――――
「すいませんでした、先輩! わたし、先輩があそこまで、自分をあれだけ犠牲にしてまで詩羽先輩を救うとは思っていませんでした! 無責任な事言ってしまって、本当にすいません!」
「お、おお……」
突然の謝罪に俺は面食らってしまう。
「いや、謝らなくても良いよ」
「で、でも先輩、私が詩羽先輩を助けて欲しいってそう言ったからあんな事をしてまで……」
「いや、あれはお前に言われたからやった事じゃないから、別に気にしなくても――――」
「あ、そうなんですか。それじゃあ良かったです」
「切り替え早っ」
俺の言葉を聞いてからはケロリとした様子で、謝罪を取りやめる舞島。
「てっきり先輩、わたしが好き過ぎるあまりにわたしの言うことを一切合切聞いてしまったかと思ってたので。そんなんで自分を犠牲にしてもらってもわたしとしては先輩の気持ちに応えられないと言うか困ると言うか気持ちは嬉しいと言えば嬉しいですけれど、やっぱり困ると言うか……」
「え、何? もしかして今俺フラれた?」
クソ生意気な後輩の高速で回転された手のひらに最早驚きしかない。
「……まぁ、とは言え先輩ってば、かなーり思い切った事しましたねぇ……。怖いもの知らずと言うかなんと言うか逆に尊敬しちゃいますよ」
「と言う事はあの『炎上』が俺が仕掛けたデタラメである事には気付いたのか?」
俺の言葉に舞島は「そりゃそうでしょう」と頷く。
「一応、ある程度、詩羽先輩と先輩の事情は知っていましたし、それに前に聞いてた話と幾らか矛盾しているんですから、そりゃあ気付きますよ」
「まあ……そりゃそうか」
そう言えば舞島には麗佳が炎上した時にある程度の事情は話しているんだった。
そうなれば、事のあらましに気づかれるのも無理はない。
「でも先輩ってばお人好しというか……いっそ馬鹿すぎて引くと言うか……。あそこまでしまうか、ふつー。お陰で先輩ってば私のクラスでも話題持ち切りでしたよ? 良かったですね、先輩。皆の中心で」
「すっごい皮肉言うじゃん」
「これでも褒めてんですよ、かなり」
そう言って舞島はふふっと笑った。……本当かよ。
「じゃあ、事のついでに少し頼みを聞いて貰っても良いか?」
「……え? 先輩やっぱり昨日の事を盾にわたしに交際を迫るつもりですか? 最低ですね無理です勘弁して下さい」
「おい俺をそんな簡単に告ってくるようなチャラ男と一緒にするなよ」
舞島は即座に頭を下げ、俺の事をフる。頭を下げたついでにたわわに育った胸が大きく揺れたので何だか得した気分になった。自分の思考だが頭おかしい。
「そうじゃなくてだな……」
そう切り出して俺は舞島への頼み事を口にする。
「はぁ……まあ、構いませんけれど……先輩ってばやっぱドMなんですか?」
「勝つ為にはしょうがないんだよ。お前にしか出来ない事なんだ」
「わ、分かりましたよ。そこまで頼られてはくっそ可愛い後輩枠としては断れませんねぇ」
舞島は嬉しそうに胸を張った。なにこいつ胸が強調されると最早人間兵器でしかないな。思春期には目の毒過ぎる。
そうして、俺は実葉に続き、数少ない知り合いへの仕込みを済ませた。
これで天城と戦う前にある程度の仕込みは終える事が出来た。
後は文字通りに『神様』にでも祈るしかないだろう。俺は舞島と別れた後、一人で体育館へと向かった。
※※※
体育館での出欠は整列させられた後にクラスの委員長によって行われた。俺への出欠確認がしれっと飛ばされそうだったので抗議すると、舌打ちと共に仕方なくとばかりに俺の名前の横に出席のチェックが為された。
「あんな事をしておいて普通に学校出てくるとか図々しいにも程があるだろ、こいつ」「早く逮捕されないの、クソ瓦」「秒読みじゃないの、どう考えても犯罪だろうし」「早く学校から居なくなってくんないかな、こいつ」「こいつがクラスにいるだけで俺達まで罵倒されそうだから良い迷惑だわ」などの罵倒の嵐が四方八方から飛んでくる。
さらに隙あらば足を踏まれるので、最早周囲で俺を嫌っていない人間など居ないのだろうと気付かされる。
一方、俺は麗佳のクラスへと視線を走らせて彼女の姿を確認しようとするも、本日も休んでいるようだった。
俺が彼女の『炎上』を奪ってしまった以上、麗佳が天城は勿論、俺にすら勝てる確率は低くなったのは間違いない。麗佳の抱える理不尽を正す為とは言え、彼女を利用したのは事実に相違ないのだ。
……もしかしたら謝っても許して貰えないかも知れないな。そんな事をぼんやりと思い浮かべる中、
「――――皆様、おはようございます。生徒会長の天城麗です」
といつの間にか体育館の壇上に立っていた天城による挨拶が始まった。
すると、俺への悪口の囁きが消え、一斉に天城による演説を聞く態勢が整った。ここまで来るとそのカリスマ性には恐れ入るというものだ。
天城は球技大会の注意事項やルールなどをスラスラと淀みなく述べていく。こう言った挨拶は必要でこそあれども、普通は右から左に聞き流してこそこそとそこかしこで私語が出る事も多い。
だが、天城の挨拶ではそれはない。彼女のカリスマ性と言うものはそういった日常的なところで容易に現れる。
やはりこれだけの準備をした上でも、勝てるかどうかは怪しいのだろう。改めて俺は思い知らされる。
「それでは――――これより学内合同球技大会を開催致します」
そんな天城の一言により、拍手や歓声が上がった。
青春には欠かせない学内行事の一種なのだろうが、青春アンチである俺には全く関係のない話。それよりも球技大会が終わった後の戦いへと備えなければ。
それこそが炎上なんて邪道を駆使する陰キャにはお似合いなのだから。




