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第64話 当日の朝


「――――気が付いた?」

 辺りを見渡すと俺は真っ白でだだっ広い空間の中に居た。


 それだけで俺は今この状況に気付く。


「……神様か?」


「その通り」

 神様は頷く。相変わらず黒々としたナニカが宙に浮いているのを目にするが、その光は以前よりも更に色濃くなったように思う。


「まずは礼を言う。貴方のお陰で私の力は全盛期と比べても遜色のないものになった。仮にこれで勝負が終わったとしても、私はきっと消滅を免れる」


「……、そうか」

 俺にしてみれば神様の処遇は然程思い入れはなかったが、この神様は俺にチャンスをくれた奴でもある。こいつが消滅を免れると言うのであれば、それは喜ばしい事なのだろう。


「だが、俺にとっては……これからが正念場だ」


 俺はこの為にあれだけの『炎上』をしでかして、準備を整えた。


 本番は――――天城麗との戦いはこれからになる。


「無論、貴方の言う通り。勝てば貴方の願いは叶えられる。それは約束する」


 けれど、と神様は続ける。


「貴方の願いは妹を救う事だけれど、それでは貴方の破滅は免れないでしょう。逆を言えば……妹を諦めれば、貴方は救われる。それでも貴方は妹の救済を願うの?」


「勿論だ」

 俺は即答した。そんな事、考えるまでもない事だったからだ。


「俺は妹が救われるなら自分がどうなっても構わない。炎上した結果、地獄に行こうが、乃雪が救われるならそうするつもりだ」


 だって乃雪はどうしようもなかった俺を救ってくれたのだから――――


 次は俺があいつを救う番だ。それで報いを受けるなら本望だ。


「ごめんなさい……。私にもう少し力があれば……どちらも救えるかも知れなかったのに」



「良いさ。乃雪を救ってくれればそれで良い。それに俺の願いが成就するためには、あいつを……天城を越えないと」


 彼女と戦い、そして勝たねばならない。


 そうでなければ俺は全てを失うのだから。



「聞いても良いか?」


「……どうぞ」

 神様の言葉を受けて俺は改めて尋ねる。


「俺が天城に勝てる見込みはどの程度なんだ?」


 そんな俺の質問に少しばかりの逡巡の後に神様は答えた。


「……勝負は半々だと私は見ている」


「半々か……」

 正直に言ってしまえば思ったよりも見込みがあると俺は思っていた。


 それだけ天城の持つカリスマ性は厄介だ。あいつの神の如き他人への奉仕精神は尋常じゃない。

 だからこそ俺は尋常じゃない行いをした。それだけの事だ。


 ……いや、まああんだけの炎上騒ぎ起こしてなお、互角であるあいつのチートさ加減には恐れ入るばかりだが。



「でも――――勝負は俺が勝つ」

 もう勝つ為に躊躇していられる余裕は俺にはない。


 麗佳の炎上までをも糧とした俺には、もう勝つ以外にあいつに報いる方法もないのだから。


 そんな中、急速に暗闇から遠ざかっていくのが分かった。頭の中に電子音が鳴り響く。




 それにより俺は戦いの日が訪れた事を知覚したのだった。





 ※※※






 「夢」から覚めた俺は、早朝から掛かってきた一本の電話を取った。




「……親父か?」




『太一。私が電話を掛けてきた用件は分かっているな?』


 いつもは嫌になる程、感情の無い声色で喋る親父が珍しくも苛立った口調だった。




 まあ怒っている理由は既に分かりきっているのだが。




『昨日の件についてお前の見解を聞きたい。……どういう事だ、あれは』


 無論、生放送での炎上の件だ。あれだけの騒ぎを起こせば、糞忙しい様子の親父の耳にも入ってくるというものだろう。






「言っても仕方の無い話だよ」




『……よくもまあそんなふざけた回答で誤魔化せると思えるな。太一、私はお前達に豊かな暮らしを与えた。何不自由なく。違うか?』




「違うね。だから俺はあんな事をしたのさ」




『……もう良い、時間の無駄だ。明日、荷物を纏めて私の元に戻って来い。無論、乃雪も一緒だ。お前たちの馬鹿さにはほとほと愛想が尽きた。昨日の時点ですぐに音楽事務所とやらから連絡が入った。賠償額は決して安くない金額になるだろう』




「元より覚悟の上さ」




『成程、あくまで開き直るつもりか……』


 深い溜息が電話口から聞こえてくる。




 そんな親父に向かって、俺は言う。




「親父、俺はさ。元々はあんたを目標にしてた頃もある。あんたは誰に対しても平等だ、平等に残酷だ。寒々しくなる程にな」




『悪いが、無駄話をするつもりはない。お前達の処遇は――――』




「良いから、聞けよ。クソ親父」


 声を荒げると、親父は言葉を止めた。通話が途切れないところから、どうやら一応俺の言葉を聞くつもりはあるらしい。もしくは単純に俺の罵倒にキレたのか。多分、後者だろう。






「俺はかつてあんたを尊敬していた。きっとあの一件が無ければ、今もそうだっただろう。けれど、どれだけ正しくても理不尽な事は許せない――――あの一件が俺をそんな人間に変えた。だから俺は理不尽を正す為に『炎上』した。炎上――――出来た。礼を言うよ、親父。こんな人間になったからこそ俺は麗佳を助けられたし、乃雪も救える。きっと俺の願いは神様に届く筈だ」




『気でも狂ったか、円城瓦太一。どうやら病院への通院も必要みたいだな』




「気なら狂ってるさ、あの時から――――じゃあな、クソ親父」


 そうして俺は一方的に親父との電話を切った。




 これで――――これでもう俺は後には引き下がれない。




 勝って全てを取り戻すか――――もしくは負けて全てを失うか。




 俺に残された道はこのどちらかしかなくなった。




「……にぃ」


 気づけば乃雪が自室の扉の隙間から、こちらを覗き込んでいた。




 そんな愛すべき妹に向かって、俺は言う。




「乃雪、俺は絶対に勝つ。だから心配しないでくれ」




「……分かっている。でも、にぃ」


 乃雪は少し間を明けて、やがてこう言った。




「にぃ、ノノはにぃさえいれば大丈夫。だから……だから無理だけはしないでね?」




 乃雪はあの時から何も変わっていない。あの時からずっと優しくて、俺の最高の妹のままだ。




 そんな彼女の為に、俺は今日絶対に勝つ。そう決意を固くした。




 そして、学校に行く準備を整えた俺は玄関の扉を開ける。




「行ってくるよ――――乃雪」




「行ってらっしゃい――――にぃ」


 後ろから優しい声色で乃雪が俺を見送った。




 俺が勝てばこうして乃雪が学校に行く俺を見送る事はなくなるだろう。




 何故なら今日のバトルロイヤルに勝利すれば俺と乃雪は二人で学校に行けるようになるだろうから。




 俺は乃雪の見送ってくれる声を噛み締めつつ、学校へと向かうのだった。



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