第63話 鈍感
「ふー……」
俺はそんな風に肩の荷を下ろして、深い溜息を吐く。
「にぃ……さすがと言うか、なんというか……凄い嫌われ具合だったの。さすがとしか言えないの。にぃは世界一の嫌われ者なの……」
「ふふっ、よせやい、褒めるな褒めるな。照れるだろ」
「いや、まったく褒めてないの。つうより頭おかしいの。ドン引きなの……」
そんな風に乃雪は珍しくもマジで引いているようだった。
いや、まあそりゃそうか。あんな風に人間の屑という役をこれ以上なく完璧に演じきったのだ。……いや、まあ普通に引きますよね。
だが、俺は妙な満足感に包まれていた。きちんと目的を達する事のできた達成感がそこにはあった。
「乃雪、悪いな……思った以上に完璧にやり遂げちまった。だから思った以上に大変な事になるかも」
いや、まああれだけ騒ぎを大きくして、『炎上』の流れを俺への批判へと持っていったのだ。考えられるのは高校の停学やら麗佳詩羽の所属する事務所による訴訟、後は……まぁ、親父による説教……いや、あいつだったらマジでそろそろ俺を勘当しかねない。
だが、そんなリスクは元より承知の上だ。後はバトルロイヤルを勝利した後の願いを加味して対応を考えよう。
そんな俺へと、乃雪は肩を竦めて言う。
「……にぃがそういう人だってのはもう分かってるの。自分を犠牲にして、他人を助ける人だって。だったらノノはこれからにぃを助ける為に出来る限りの事をする。それだけなの」
「……乃雪、ありがとう」
俺はいつでも俺の味方で居てくれる頼もしい妹に大して、これ以上なく感謝の意を述べた。
そんな中、スマホに通話が入る。
相手の名前を確認すると、誰であろう麗佳詩羽であった。
……まぁ、ここで着信を拒否する訳にはいかないか。仕方なく俺は彼女の通話に出る。
『ば、バカァァァぁあああああああああああ!!!!!』
開口一番、驚くべき声量の罵倒が飛び出す。耳破壊されたかと思ったわ。
「お、その反応、俺の生放送観てたのか?」
『観てたわよあんなムカつく奴の演技とかしちゃってバカじゃないの! 明日から貴方、凄い事になるわよぉ! 確かに私が悪かったかも知れないけれど、まさか貴方があんな手段に打って出るなんて思わないじゃないの! 円城瓦君、これからどうすんのよ!? どうすんのって言うか、もうどうしたら良いのよ! ……あんな事、されたら私、貴方に合わせる顔が――――』
そんな風に罵倒から段々と涙声になって来ていたのが分かった。
そんな麗佳に対して、俺は喉を鳴らしながら、笑う。
「くっくっく……ふふ、はーはっはっはっは!」
『……え、円城瓦君?』
俺の突然の高笑いに俺の気が触れたと思ったのか、心配と困惑の声が飛んでくる。
しかし、元よりもう俺に、麗佳に気を遣うつもりは毛頭なかった。
そして、言う。言ってやる。
「はーはっはっは! 麗佳、テメェ、俺に騙されていたんだよ! まさか、お前、自分の為に俺が炎上したとそう思ったのか!? 馬鹿を言え! お前の炎上は俺に利用されただけに過ぎないのさ!」
だから、と俺は付け加える。
「お前はさ、すげぇ奴なんだから元より他人の批判なんか気にしてんじゃねぇよ。ほんのちょっとだけ聞けたお前の生歌、すげぇなんてもんじゃなかったぞ。だから、みみっちい事言ってんじゃねぇよ! お前は戻れ、人気者だけが居られる場所にさぁ! 声が出ない!? そんなの関係ねぇよ! 俺がお前のファンだったら、一年や二年、それ以上になろうが幾らでも治るのを、お前が歌えるようになるのを待つさ! つうかもう俺はお前のファンなんだよ! お前が歌いたいって思ってるなら、本当のファンなら幾らでも待てるんだよ! ちゃちな批判なんて気にすんな、どうしようもない奴のどうしようもない妄言に耳を貸すな! お前が歌いたい限りは、辞める必要もないし、ましてや炎上なんてもってのほかだ! 炎上して非難を向けられるのは俺みたいなどうしようもない奴だけで良い! ここは俺の場所だ、俺だけの場所なんだよ。だから、お前には渡さん。お前みたいな奴には死んでも渡してやんねぇ! そういう事だ! じゃあな!」
そう言って俺は一方的に麗佳との電話を切った。
「はーっはっはっは! 言ってやったぜ、あの小生意気な歌姫によ! はーはっはっは! 陰キャでもカースト最底辺でも、ましてや性格悪い訳でもないのに嫌われ者の真似なんかするからこうなるんだ! ざまぁみやがれってんだ! はーっはっはっは!!!」
そんな風に俺が一方的に勝利宣言をかましている中、乃雪が随分と白けた眼を向けてくる。
だが、かましてやったという思いから、そんな乃雪にすらテンションを維持して喋り続ける。
「どうだ、乃雪。このお兄ちゃんが、あの人気者に一発かます瞬間を見ていたか! これが、これこそが嫌われ者だ! どうだ、この兄の恐ろしさを思い知ったか!?」
「うわぁ……えぐっ」
乃雪はこれ以上なくドン引きしている表情を俺に向けてくる。
それは何と言うか世界で一番どうしようもない奴に向けてくる目だった。
え、いや、まあ気持ちは分かるけど、そこまでどうしようもない奴に見えてる? いや、まあ見えてるよな絶対……。
「いや、まあ、……乃雪? ちょっとな、俺も調子に乗っていただけで、本心から麗佳を馬鹿にしている訳じゃなくてな? ただ、たまにはちょっとマウント取りたかったと言うか……」
「いや、あのね、にぃ……? はぁぁああああああああああ……」
そして、次に乃雪の口から出てきたのはクソデカ溜息。
えぇ……そんな呆れる? 良いじゃん、たまには……。俺みたいな奴があいつみたいな人気者に勝てる事なんて早々無いんだから、たまにイキるくらい許されるでしょ……?
「いや、もうにぃみたいなどうしようもない人に何言っても仕方ないと思うけれど……、あれ計算とか何でもなく本当に本気であれを言葉通りに言っているから……にぃはどうしようもないと思うの……。あれ言われた人がどう思うかとか、もう鈍感の域を超えているの……。童貞界最強の勘違い野郎なの……」
「いや、そこまで言います……?」
「ほら、これだよ……。自分の為に泥を被ってくれた人が、非難をぶつけるどころか応援までしてくれて……。あんな風な事言い出したらどう思うか……にぃは女の子の気持ちが一ミリ足りとも分かっていないの……はぁああああ」
「あれ……? もしかして俺またなんかやっちゃいました?」
「……それ、ノノはむしろ成功した時に言うセリフだと思うの」
「って事は……失敗か!?」
「いや、そうじゃなくて……、状況的にはクリティカルダメージ入りまくったと言うか……」
「それ程までに俺が麗佳を傷つけちまったって事か!?」
「…………もう、良いの。分かったの。にぃには何を言っても無駄なの……。そうやって勘違い童貞気取ってれば良いの」
そう言って完全に呆れ果てたと言わんばかりの表情を向けてくる乃雪。
まぁ、そうだよなぁ。イキってあんな風な事を言ったら、怒るのも当然か。
謝ったら許されるのだろうか……? いや、あんな願いとは言え、麗佳の願いまで否定しちまったし……。もう話してくれねぇかも。
「ノノ、にぃは世界一格好いい人だと思ってるけれど、やっぱり童貞であるべくして童貞なんだなって分かっちゃったの……。ここまでズレた事言えるって一種の才能だと思うの。自己肯定感壊れてるとかそんなの抜きにしても、にぃは最強クラスの鈍感なの。もう何言っても無駄なの……ラノベ主人公なの……。爆発しろなの」
「…………なんか、すいませんでした」
なんかよく分からんけど、最後の最後で失敗してしまったらしい。
いや、まあ良いわ。目的は達成できたし、失敗なら後で挽回出来るだろ、多分。
そんな事より――――明日はあの天城麗との最後の決戦だ。
最強の炎上をした事で、俺はこれまで以上に強くなっている筈だ。
しかし、相手が相手だ。まだまだ足りない。
これ以上、まだもっと、力を――――
それでこそ俺は妹を――乃雪を救えるのだから。
そんな風に決意を固めつつ、俺は最終決戦に臨むのだった。




