第61話 仕掛け
「……、準備、できたよ。にぃ」
恐る恐ると言った様子の、乃雪のそんな声が聞こえる。
現在、俺は乃雪の部屋でその時が来るのを刻一刻と待っていた。
目の前には乃雪から借りたサブのノートパソコン。
その時となれば俺はいつものように振る舞えば良い。簡単な事だ。俺が「円城瓦太一」としての役割を演じる。ただ、それだけで良いのだから。
「にぃ。……言っとくけれど、ノノは反対だからね、こんな……こんな事」
乃雪は極めて稀だが、俺に対して怒る事がたまにある。
今がその時だった。乃雪は俺の隣で俺に背中を向けながら、自分専用のPCに向かっている。
しかし、こちらに顔を向けてはくれない。声にも怒気が孕んでいる。
けれど、協力だけはしてくれる。さすがは乃雪だ。
「分かっている。けれど、やらなければならない。絶対に」
「分かっているの……そういうとこ、本当に嫌い……けれど、にぃはそうだよね、やっぱり」
だから、と乃雪は付け加える。
「にぃのやり方は否定しない。その上でにぃの事はノノが守る」
「頼もしいな」
いや、本当に。そもそも乃雪が居なければ、こんな大それた事は絶対に出来ない。
だが、乃雪がいれば成し遂げられる。最強に可愛く、そして頼りになる。俺の自慢の妹だ。
「……そろそろなの。5……4……3――――」
乃雪がカウントダウンを始める。俺は深く息を吸い込み、そしてその時へと向けて自分を整える。
決意は固まっている。自分の立ち位置も分かっている。
これからやる事は麗佳詩羽への反逆だ。
彼女が奪った俺の戦法――『炎上』という立ち位置を取り戻す為の戦い。
悪いな、麗佳。お前が纏ったその注目度――――返して貰うぞ。
「2……1……スタートなの!」
乃雪が合図を送る。そして、俺は口を開き、ふてぶてしい態度でノートパソコンに取り付けられたカメラの前に向かった。
「えー……、集まった暇人、こんちはー。たった今から動画配信者として活動を始めます、円城瓦太一でーす。おなしゃーす」
カメラの前に移った俺のだるそうな姿と軽薄そうな声は、動画としてカメラの先にいる視聴者へと届けられる。
今、俺がやっているのは有名動画サイトでの生配信だ。
俺がしゃべると同時に彼らのコメントが次々と書き込まれる。反応は言わずもがな、だが。
基本的に動画投稿者の生配信を見るのはその者達の生粋のファンだ。しかも割と有名な動画投稿者ですら生配信の視聴者を集めるのは簡単ではない。数百人と視聴者を集めるのは投稿者の持つ器量の他に日々の活動などの努力、話題性、宣伝能力など様々な要素が必要不可欠だ。
無論、俺にファンなどいないし、動画投稿なんて速攻で炎上の種になりそうなモノには手を出して来なかった。悪くて炎上、良くて『えー、隣のクラスの陰キャ君が動画配信でイキってんだけど、きもーい』と言うように世間話の種になるくらいのものだ。
にも関わらず何故こんなにも視聴者がいるのか。
一つは乃雪による情報工作能力。
乃雪はこう言った時の為に宣伝に使えるSNSアカウントを複数所持している。中には万単位の人間への宣伝の出来る宣伝効果の高いアカウントも持っている。彼女の持つ宣伝能力は並大抵ではない。
さらに乃雪はそのSNSアカウントを不特定多数の覗いている掲示板へとリークさせる事により、更なる情報工作を行っている。
乃雪がプログラムを組んだbotによる拡散力は人間では到底追いつかない規模での情報工作を可能とする。それをいかにも『馬鹿な奴を祭り上げるような』形に持っていき、やがては乃雪の手を離れ次々と情報は拡散されていく。
炎上の火種を作る――――乃雪の情報操作は天才のそれだ。
だが、拡散するには情報の質が伴っていなければならない。
ここで拡散した情報は――――
『【真相暴露】今、話題の女子高生歌姫、麗佳詩羽とラブホテルに一緒に入った俺による動画投稿者デビュー記念生配信!【顔出し配信】』
という生放送のタイトルと、URLだ。
そして、極めつけは動画生放送の顔となるサムネイル。
サムネイルは今、拡散されまくっている麗佳詩羽のラブホ街での写真と同じ構図で取られた俺の写真。
背景や距離感は勿論、俺の着ている服装はあの日の写真と同じモノにしておいた。しかし、サムネイルの写真はよく見れば炎上中の『件の写真』ではない事はすぐ分かる。第一、そこに写っているのは俺だけで、麗佳はいない。
今現在、大炎上中のあの写真。麗佳詩羽と一緒に映っている男の真相については様々な説が語られていた。以前熱愛疑惑が浮上したマネージャーや有名音楽番組のプロデューサー、有名バンドグループのボーカルなどその他諸々。
しかし、それらの推論は背格好や雰囲気、服装のセンスに違和感があり、どれも騒ぎを大きくしたいだけのデマだとされているのが現在の通説だった。
そんな中、SNSや掲示板などに投下されたのが俺の生放送サムネイルに用いられている写真だ。
この写真は『件の写真』と場所、構図が一致しているだけじゃない。背格好や雰囲気が共通しているし、服装の擦れ具合すら一致する。炎上にて度々登場する解析班が写真を解析して、情報の正確さを認めてくれればしめたものだ。
何せ写っている相手は間違いなく噂の男性。わざわざポーズも真似たのだ。解析を掛ければ噂の男本人として認められる可能性は高い。
いざとなれば乃雪に解析班のフリをしてもらおうと企んでいたが……、炎上規模からして解析班が出ない訳がなかった。投下してから一時間もしない内に何十人もの匿名投稿者が俺の写真を検証した。なお、検証結果は信憑性十分とされていた。
そんな中での俺の生配信だ。なお、サムネイルの画像にはわざと目に黒塗りを入れ、詩羽の相手がどんな顔をしているのか興味を惹いておいたし、有名女子高生歌姫の裏の顔が知りたい野次馬根性丸出しの奴が見逃す筈がない。
俺が最初の挨拶を終えるまでには動画生配信のコメント欄には俺を煽る、あるいは馬鹿にする声で溢れかえる。
『は? くっそキモいオタク面じゃん。お前みたいな奴が詩羽ちゃんとホテル行く訳ないだろ』『どうだったか早く言え』『こいつ絶対陰キャだろ、嘘くせー』『リベンジポルノ来る――――!?』『早く真相の話しろカス』などのコメントで溢れかえる。荒らしコメントや他動画サイトへの誘導コメント、罵倒コメントの連投なども有り、少なくとも炎上的な意味では注目度のある放送である事が伺えた。
「くっそ養分来てんじゃん、マジサンキュー。ちなみに投げ銭にそこそこ金入らなかったら配信止めっからさ。百円でも一万円でも金入れてけよ(笑)」
コメントで炎上の流れを見切った俺は更に『嫌われ者』としての自分に近づいていくため、煽りを口にする。
ここで求められているのはヒールとしての立ち位置だ。ここで嫌われなければ意味がない。これから話し始める『真相』への信憑性をより高める為にも「円城瓦太一」という人間のクズさをよりアピールしなければならない。
『うわ……速攻投げ銭開いて乞食ってるじゃん……』『人間の屑過ぎて笑う』『やりますねぇ!』『気持ち悪すぎて笑う』『よくそんな顔で乞食配信とか出来るな』『人生終わるんじゃね、こいつ』
早速、俺の言葉に対する批判の声が相次ぐ。
勿論、乞食行為や構ってアピールは生配信ではかなり嫌われる行為だ。そんな行為を配信一発目でやれば嫌われて当然だ。
だが、更に俺は要素を盛っていく。




