第5話 契約
麗佳の攻撃を俺はすんでのところで受け止めてみせる。
「まだこんな力が残ってたなんて。けれど――――」
麗佳の恐るべき力は俺が拳を受け止めた程度では止まらない。
俺の首を掴もうと、彼女は力ずくで手を伸ばす。
「まだ……もう少し……」
ぐっとさらに力を込めてくる麗佳。くそっ、これ以上は……。
敗北をも覚悟した刹那だった。俺にさらなる力が込められたのが分かった。
「え、な、なに?」
彼女の恐るべき力を、俺はさらなる力で以て抑え込もうとする。
「そんな、まさか……さっきまでの力じゃない……? フォロワーが十万、いや十五万……もっと、どんどん上がっている!?」
麗佳は驚愕の表情を浮かべる。既に押し返し続けた結果、形勢は逆転しつつある。
――――仕掛けは単純だった。
俺は”炎上”に関して第二の矢を持っていた。
『炎上』には段階がある。
第一に炎上元の情報によって、その失策の度合いに応じて糾弾が始まる。これは炎上元の人間性によってはさらに燃え広がる。炎上の元となった情報が燃料だとすれば、人間性は言わば火の付く薪などに近い。これらが合わさった事により炎上の規模が変わる。
第二に炎上をさらに盛り上げようとする愉快犯や関係のない第三者の出現だ。ここまで来ると最早簡単には鎮火できない立派な大炎上だ。
そして、第三。ここでは炎上にさらなる燃料を投下しようとする過去ウォッチャーの出現だ。
炎上する人間の過去を掘り下げる事で、その者をさらなる『悪人』に仕立てる動き。そうなれば正義の名のもと、人々による炎上祭りは過激さを増す。
俺はこの第三段階を意図的に行った。つまり、過去の件をそれぞれの話題に投下した。
これにより炎上は過激さを増し、俺の将来をことごとく破壊しようとするだろう。
俺の過去の行いなど、知っている者は大勢いる。しかし、それももう何年も前の話だ。地元で起こった事とは言え、知らない者は多かったはず。
風化していた事件を掘り起こして、表沙汰にする――当然、俺へのダメージも多少上がる。
だが、まあ、現状としてはそれほど変わらない。と思う。
俺にとって学園生活など最早捨てたものだ。どれだけ針のむしろになろうと構いやしない。
だからこれで終わっても良い。だからありったけの力を。
将来を捨てかねない俺の捨て身の行いによって狙い通りフォロワーは爆上がりしたようだった。
「くっ、そんな事がッッ、でも、まだ――――」
麗佳は既に空けられてしまった差を埋めようと躍起になる。
しかし、最早それを取り返す術はない。この勝負においてフォロワーの差は勝敗そのものだった。
このバトルロイヤルは学園内での注目度が物を言う。つまり勝負は準備の差によって決まるも同然だった。
こうして学園でも一、二を争うレベルのリア充を相手取っての戦いは熾烈を極めた。
戦闘は一時間をゆうに超え、決着がついた時には夜の八時へと差し掛かろうとしていた。
学園の校舎が壊れては再生し、再生しては壊れてを繰り返す。姫崎とは比べ物にならないレベルの戦いがそこにはあった。
だが、結果は、
「俺の勝ちだ。麗佳」
俺は麗佳詩羽に向かって勝利宣言を行った。
半壊して修復している途中の教室にて、麗佳は膝をつく。
「まさか、負けるとは思わなかった。こう言っちゃなんだけど、私以上に知名度の高い学園生徒なんてそうはいないと思っていたけれど」
麗佳は言う。彼女の言葉は正しかった。俺なんて吹けば飛ぶミジンコほどの価値しかない。学内カーストで言えばスポーツマンやイケメン及び美少女達リア充層を頂点として、続き悪ぶっている不良層や勉強などの面でトップを取る頭脳明晰なグループ、そしてあまり目立てないオタク層、ぼっちなどのいる下級層――――そのさらに下に俺がいる構図だ。俺は誰より下の自覚がある。
ただ、自分の立場を分かった上で、戦い方を工夫したに過ぎなかった。
「願いを叶えたかった」
そうしてぽろりと麗佳は口にする。それは彼女にとって諦めの言葉だった。
だが、俺はその言葉を待っていた。
「麗佳。願いを叶えたいなら、まだ方法はある」
「……え? 本当に?」
麗佳は半信半疑の上目遣いでこちらを見遣る。……うっ、つーか、こいつ本当に顔良いな。透き通るような瞳で、まつ毛が長く、ぷっくりとした唇が色っぽい。恋心を告白する事すら許されないほどの、圧倒的な格の違いを見せつけられるビジュアル。俺だったらうまくいく、いかない以前に、話しているところを周囲から見られればそのまま校舎裏に連行されてボコられるレベル。えぇ……人間扱いされてないじゃん、それ。
そんな奴が今、俺に屈服している。……なんだろう、ちょっと気持ちいい。いやいや、変な性癖に目覚める前にさっさと目的を達してしまおう。
「麗佳、お前さえ良ければ俺と手を組まないか?」
「……え?」
「お前は強い。間違いなく学園でもトップだろう。だったらそれを倒した俺と手を組めばまず誰にも負けない。どんな奴を敵に回し、例え複数で徒党を組まれたとしても、だ」
「そうかも知れないね」
「それで全ての敵を倒した後、俺とお前で最後の勝負をしたら良い。そこまで協力してくれるなら、今は止めを刺さないでおく。どうだ?」
「私にとってはとても良い提案だと思う」
でも、と麗佳は続ける。
「良いの? 今度は多分負けないけど」
麗佳は自信たっぷりに言ってのける。これが学内カーストで勝ち残り続けたリア充か。心が折れなさすぎる。
とは言え、俺にとっても有利な提案なのは間違いない。と言うかそうでなければこんな提案する訳ない。
なぜなら俺は炎上でしかこの勝負で勝てる術はない。となれば持久力に乏しい俺が長いバトルロイヤルを制す事のできる道理はない。
だからこそ、この提案をする。一度だけの勝負で良いなら勝てる事は今回の戦いで証明済み。
あちらも俺にとってこの提案が有利である事は分かっているだろう。だが、断れない。
なぜなら断れば俺は即座にこいつを敗退させる。当たり前の事だ。
麗佳詩羽という強力なカードを引き入れるためにリスクを受け入れて更に炎上したのだ。奥の手まで使わされたのは想定外だったが……、そうまでして引き入れた麗佳には最高級の価値がある。
「分かった。じゃあ、最後の戦いまでは私達は仲間って事で。がんばりましょう」
麗佳は手を差し出した。だが、俺は握手に応じず、躊躇する。
「……どうしたの?」
「いや、まあ、その……年頃の娘と肌と肌で接触するのとか、恥ずかしいじゃん。手汗とか気になるし」
ガチ陰キャ過ぎて握手にすらまともに応じられなかった。いや、気にならん?
すると、
「……私ってこんな気持ち悪い人に負けたのかぁ。何でだろう、ホント」
物凄い深い溜息と共に、そんな事を言われた。
「おい、言葉には気をつけろ。悪口には慣れてるけど、うっかり死んじゃうかもだろ」
「慣れてるってホント貴方ってどういう人なの……」
麗佳は怪訝な表情を浮かべる。
まぁ普通に考えて俺が勝つなんて奇跡に等しいし……。
とは言え、取り敢えずは勝ち、バトルロイヤルの優勝へ――――願いへと一歩近づけた。
これで俺の目的――――『妹を救う』という大義へ一歩近づけた。
俺は必ず勝つ。妹を助ける為に。
その為なら俺はどうなっても良い。例えこの身を炎上で焼き尽くす事になっても――――
こうして、バトルロイヤルの戦端がひとまず開かれたのだった。
そんな感じで陰キャが炎上だか何だかを駆使しながら、リア充達と戦っていくバトルロイヤルの皮を被った青春系コメディとなっています。
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