第56話 炎上
芸能界で大人気の女子高生歌手とラブホテルへ――――
学園でもカースト底辺に属する俺に、よもやこんな事が起こり得るなんて。字面だけ見ても到底信じられない。人によってはこの状況を幸運だと思う事だろう。
……まあ、今の俺にとっては笑えない状況だけども。
正直、こんな場所、高校生である俺達が入れるのだろうか、下手を打てば通報されるんじゃないかと考えていたが、無人で受付の出来るシステムとなっている為かすんなり入る事ができた。
そうして指定の部屋に入室した後、麗佳は「わー、こうなっているのね」なんて楽しそうな声を上げる。
俺もどんな場所かと身構えていたが、一般的なホテルの一室と違いないように思えた。
でもよくよく見れば、置かれているガラスボックスの中には『極薄』と書かれた見た目に見る分にはマッチ箱のようなものが入っていたり、電動で動くのだろうマッサージ機()が置かれていたりする。
あぁ……なんだろう。異世界にでも紛れ込んでしまったみたいだ。
「それで、麗佳。どういう事だ?」
早速とばかりに確信に迫る質問をぶつける。
すると、麗佳はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「そ、それより……せっかくだからシャワー浴びてきても良い?」
「え、……まさか、お前」
俺は怪訝な顔つきを彼女に向ける。
すると、麗佳は顔を真っ赤に染め上げて、ワタワタと両手を振り回した。
「ち、違うわよ! そうじゃない、そうじゃない!」
「いや、でもさ」
「え、円城瓦君のスケベ、エッチ!」
「いや、それは今、お前にだけは言われたくねぇ」
こんな所に連れてきたのは、お前だろうが……。
俺が色々と察してなかったら、何をされても言うほど文句言えないぞ、お前。
「そ、そうだけど。……良いじゃないの、ボウリングとかしてちょっと汗もかいちゃったし。それに……」
麗佳はモジモジと人差し指を擦り合わせて、やがて言う。
「なんか、その……料金払うんだから、元を取らないと損っぽくない? だからせめてシャワーを、と……」
「お前……超人気の歌手って割には庶民的だよな、考え方。本当に芸能活動してたのか?」
「し、してたわよ! それに事務所から貰っていたお金はママに預けているし、お小遣いも皆よりちょっと多いくらいしか貰ってないわよ」
「ママ」
「そういう揚げ足取りしないで! 良いから、風呂入ってくる」
上から着ていたカーディガンを俺に向かって投げつけながら、風呂場へと消えていく。
やがて風呂場の奥からはシャワーの水音が聞こえてきた。
思春期の男子高校生には我慢し難いシチュエーションである。
いや、待って? これ、マジでヤバくない? 鎮まれぇ……、今は出番ではないのだ。控えろぉ。
「はぁ、お待たせ」
やがて麗佳が風呂場の奥から出てくる。
恐らくはさっと汗を流した程度なのだろう。
「い、いや……」
風呂場から出てきた麗佳から、ほんのりと香り立つ女の子特有の良い匂いと、風呂上がりらしい肌が情欲を掻き立てる。
いや、この状況で理性をそれなりに保ててる俺ってすごくない? 神じゃない? もしくはかなりの馬鹿か。
……いや、まあ馬鹿なんだろうけれど、こいつのやった事が分かっている以上、どうしてもそんな気分になれなかった。
「じゃあ……話しましょうか。隣、良い?」
そして、麗佳はそんな歩く男子高校生殺しみたいな状態で、俺の横。つまりはベッドに腰をかけた。
さっきそんな気分になれないとか思ったけど、撤回したい。いや、さすがに流されるような馬鹿はやんねぇけど。
「……それで。私がやっちゃった事は概ね察しがついているのかしら」
こくんと頷くと、麗佳は肩を竦めた。
「……さすがは円城瓦君ね」
そう。麗佳のやってしまった事については、大体察しが付いていた。
先程、麗佳は俺の腕に抱きついていた。傍目から見ればきっと男女がイチャイチャしているようにしか見えないだろう。
その瞬間にタイミングよくカメラのシャッター音が聞こえてきた。つまり超人気の高校生歌姫である麗佳詩羽がどこの誰とも知れない男とイチャついている瞬間を写真に収められてしまったのだ。
そんな写真が公になれば、世間は黙っていないだろう。きっと大騒ぎになる。
それどころか麗佳はまだ高校生。年端もいかない未成年の女の子がこんなラブホ街にいるなんて、『炎上』は間違いなく避けられない。
きっと麗佳にはこれから世間からの避難が集中する事になる。
はしたない、清純派だと思っていたのに、まだ高校生なのに、ふしだらな奴、こんなビッチだったなんて、どうせ番組プロデューサーとも寝てるんだろ――――こんな感じの非難や妄想の押し付け、セクハラ、人格否定で溢れかえる。
きっと過去の俺以上の炎上になってしまう。それだけ麗佳の持つ人気は桁外れだ。
「……週刊誌にでも売ったのか? 自分を」
「ええ、匿名でね。目撃情報がある事をそれとなく漏らしたのよ。このホテルの常連だとか、そういう事をそれっぽく……ね。後はタイミングが良さそうなところで、それっぽい行動を取れば間違いなく釣れると思ったわ。……ふふっ、私ってそんなにネタになるのかしら。匿名の連絡を入れてから一分もしない内に、記者さんからの返信が来たわ」
「当たり前だろうが、馬鹿……」
世間はこいつが思っている以上にゲスだ。
相手にちょっとでもスキが生まれれば、それを皆で攻撃し、傷を増やしていく。ある事ない事言って、傷ついていくのを皆で眺めるのだ。
『炎上』とはつまりはそういう事だ。これ以上にエグい事はそうはないだろう。
「……何でだ? 何でなんだ、麗佳」
俺は彼女に問いかける。取り返しのつかない事をしてしまった、麗佳詩羽に対して。
「お前、自分が何をやったか分かっているのか? バトルロイヤルの為にこんな事をしたのか? こうでもしないと天城麗に勝てないとそう思ったのか? だとしてもこんな……こんな事してなんの意味がある!?」
言葉を吐き出していけばいく程、俺は冷静さを欠いていった。いつの間にか声を荒げ、叫んでいた。
「お前は……お前はもう以前のようには戻れないかも知れないんだぞ! 前みたいに人気の歌手って訳にはいかないかも知れない。そこまでして……そこまでして勝ちたかったのか!? それともバトルロイヤルに勝利した願いで、それもどうにかするつもりなのか!? そもそもお前はこれから起こる炎上に耐えられるのかよ!? あんな――――あんな地獄に!」
俺を――――俺たちを壊したあの地獄。
四方八方から言葉のナイフを突き立てられる。こちらが声を上げてもあっちはその言葉を全く聞き入れない。それどころか更なる理由を手に入れて、もっと深く、何度もナイフを突き立ててくる。
きっと明日、……いや、今日の夜にはこの事が公になる。
どんなところにネタ提供したかは定かでないが、週刊誌、いやネット記事ならば即だ。話題の拡散、炎上までにそう時間は要さない。
「……一応、ネタの提供にあたっての条件として、貴方の情報は一切公にしないって約束させているわ。条件についてはきちんと文章にして残しているし、きっと守ってくれる。貴方にはこれ以上の迷惑は掛けないわ」
「そういう問題じゃねぇだろうが! どうして、どうしてだよ、麗佳!」
「……分かっているわよ、きちんと説明するわ。ちゃんとね」
そう言って麗佳は微笑む。痛々しく感じられる、悲痛な微笑みで。




