第53話 変調
麗佳との待ち合わせ場所である駅前まで移動しつつ、俺は乃雪の用意したデートの為の参考ページとやらをチェックする。
ページの最初には『女の子に好感を持たれる100の方法! これで貴方もモテ男子』とか書かれている。何だろう、この見ているだけでHPがガンガン削られていきそうなこの感覚……。陰キャにとっては呪われてると言っても過言じゃ無いだろ、このページ。
そんな拒否反応を体中から感じたが、乃雪の好意を無駄にしない為にもページを一通りチェックする。
何はともあれまずは清潔感が基本であるらしい。
清潔感――――俺は自分の格好をチェックする。
ジーンズにパーカー、下にTシャツと、休日での外出時に着ているいつもの格好。
……あれ? もしかしてこれ、失敗した?
ページに載っている男性が着ているのはいかにもモテそうな格好だが、今の俺の姿はお世辞にもモテそうにない。
まさか俺は装備品も整えないまま、デートという魔王に挑もうとしているのか……?
そんな風に俺の中にはデートという怪物に対する恐怖の感情がふつふつと湧き始めていた。
※※※
「お待たせ、円城瓦君」
そんな風に姿を見せたのは、いつもとは印象の違う私服姿に身を包んだ麗佳だった。
白色の可愛らしいブラウスに膝下まで伸びたベージュ色のスカート。シャツの上からは栗色のカーディガンを羽織っている。そしてちょこんと可愛らしい帽子がアクセントになっていて、よく似合っている。
いつもの少しボーイッシュっぽい囲気とは違う、可愛らしさに溢れた麗佳だった。
「お、おう……」
そんな麗佳を前に俺はかなり気圧されてしまう。
本来なら彼女に「可愛い」とか「似合っているね」なんて言葉を掛けるつもりだった。参考ページにはそんな事が載っていたのだ。
だが、想像以上に可愛らしい格好で現れた麗佳を前に俺は言葉を失ってしまった。
なんだこれ! 言葉が重い! 口から何にも出てこない!
そんな俺に対して麗佳は
「……どうしたの?」
と困惑気味の表情で答えた。
それもその筈だ。俺は麗佳を前にした途端、近くにあった街灯に身体を滑り込ませてしまったからだ。
「いや、別に……」
物凄い今更だが、きっちりとした私服に身を包んだ麗佳に対して気後れしてしまったなんてとても言えない。
いや、こんな事なら麗佳と会う直前で訳分からんページなんて見なきゃ良かった!
そもそも俺は青春には程遠い青春アンチとしての立ち位置を確立していた筈。なんなら『外見だけで男を測るような奴は糞』みたいな具につかない恥ずかしいセリフを吐いて悦に入るような、そんな人間じゃないか。何を今更、不慣れな場所に連れてこられた猫のような反応をしているんだ!?
「何かいつもと様子がおかしいけど……。まぁ、良いわ。行きましょう」
「お、おう」
などと上擦った言葉を口にしつつ、俺は先を歩く麗佳に従った。
そんな風に最初から先制パンチをもろに受けた俺は、ここで完全に冷静さを失った。
※※※
そんなこんなで最初に麗佳とやって来たのは、映画館だった。
「映画、見るのか?」
「ええ、構わないかしら」
「お、おう」
俺はイエスマンのように首を縦にブンブンと振る。
すると、
「……円城瓦君、今日は調子でも悪いの?」
と心配そうに顔を覗き込んでくる。
「え、は、あぁ!? な、なんでだ?」
「いえ、ちょっと……。いつもならもっと具にもつかない話をずっとしているのに、ずっと黙っているし」
「え、いや、ちょっと」
などとまたもモゴモゴとした口調で言葉を返す。
先程、件のページを確認したところ、『デート中はあまり自分の話をしないように』とか『デート中はあまりネガティブな話題はしないように、自虐ネタはウケが悪いので止めましょう』とか書いてあった事から、俺はいつもの調子でしゃべる事が完全にできなくなっていた。なんだよ、自分の話をすんなって……、モテ男子とやらは普段は一体どんな話を展開させてるんだ……、猫か? 猫の話か!?
「それに挙動もおかしいし」
そんな事まで指摘されてしまう。
いや……、男は車道側を歩いて常に女の子をエスコートすべきとか書いてあったので実践しようとしたところ、道に曲がる度におかしな挙動になってしまったのだ。なんだよ車道側を常にキープしろって……。常にポジショニングを気にして動かないといけないとか、デートってもしかして格闘技だったの……?
「まあ調子が悪くなったらいつでも言ってね」
と麗佳はそんな事を言う。
なんだか心配されているようだが……俺が参考ページを見るのは果たして成功しているのか。どうなんだ?
「映画は何か観たいのある?」
麗佳がそんな事を聞きながら、上映中のラインナップを確認する。
こういう時にどうしたら良いのだろう……と俺はスマホの参考ページにこっそり目を走らせる。
そんな文章の中に『恋愛映画でムードを高める』なんて項目を発見する。
「れ、恋愛映画は……」
「え、意外ね。もしかして恋愛映画好きなの?」
と驚いた顔で聞き返された。
ぶっちゃけ恋愛映画なんて一ミリも興味はない。そんなものを見るくらいなら人が死にまくる映画でも見ていた方がよほどマシだ。
「え、いや、そんな気分かもなぁ、と」
そんな全く心にもない言葉を俺が呟く中、麗佳はとある映画を指さして言う。
「あれなんか良いんじゃない?」
麗佳が数ある中から指さしたのは、いかにもB級であろう映画タイトルだった。
「え、あれで良いのか?」
「ん、と言うより」
麗佳は吹き出しそうな表情をしながら、言う。
「円城瓦君、ああ言うちょっとネタになりそうな映画好きそうだから」
――――理解ってるな、こいつ。
俺は普通に面白い映画も好きだが、糞映画を見てネタになる箇所を見てゲラゲラ笑うのもかなり好きだ。勿論、乃雪もそういうのが好きなので、定期的に糞映画鑑賞会を二人で開催するくらいだ。
「さすがは円城瓦君ね。やっぱり恋愛映画なんかより楽しそうって顔してるわよ」
「うっ」
ズバリ指摘された事に狼狽えている中、麗佳は「じゃあ決定ね」と言ってさっさとチケットを購入しに行ってしまう。
良いのか、これで。参考ページには『あまりに面白くない映画だと雰囲気が悪くなる』なんて事が書かれていたのだが……。これは失敗してしまったんじゃないか。
なんて迷っていた俺だったが、結局は明らかな糞映画を見る羽目になったのだった。




